【IT現場の生態系】「指示待ち人間」を生む現場
システムの深い森に分け入ると、時折、彫像のように動かない人々に出会うことがあります。
彼らは有能な技術を持ち、指先はいつでもキーボードを叩く準備ができている。それなのに、誰かが「行け」と合図を送るまで、その場所から一歩も動こうとしません。
いわゆる「指示待ち人間」という言葉には、どこか突き放したような冷たさが漂います。
しかし、彼らが単に怠けているようには見えないのです。むしろ、その静止した姿勢は、彼らが置かれた「生態系」への、あまりにも誠実で、切実な適応の結果なのかもしれません。
待ち続ける人々の、静かな理由
彼らの「待ち」の形は、一つではありません。
たとえば「境界線守備型」と呼ばれるタイプ。
彼らは自分の担当範囲を、まるで見えない結界のように厳格に守ります。
隣のプロジェクトで火の手が上がっていても、自分の「タスク(チケット)」に書かれていなければ、涼しい顔でコーヒーを飲み続けるのです。
それは冷淡さというよりも、越境して叱責されることを防ぐ、彼らなりの防御本能なのかもしれません。
また、ある種の手堅さを持つ「仕様書信奉型」もいます。
設計図に不備があっても、彼らは沈黙したまま、その通りにプログラムを組み上げます。
「仕様書に書いてあったから」という言葉は、彼らにとっては何者にも侵されない最強の盾なのです。
自分の判断を捨てて、正解の紙切れに従うことで、彼らは責任という重圧から逃れようとします。
なぜ、彼らの時計は止まったのか
誰だって、最初から「指示を待つだけの機械」になりたかったわけではないはずです。
かつては彼らも、もっと自由に、もっと欲張りに、コードの世界を駆け回っていたに違いありません。
その時計を止めてしまった原因の一つは、現場に漂う「減点方式」の空気です。
100の成功を積み上げても、たった1つのバグがすべてを台無しにするような冷酷な評価軸。
ここでは「余計なことをしてミスをする」ことが、最大の生存リスクになります。
そうなれば、脳は自然と「言われたこと以外はやらない」という省エネモードに切り替わります。
さらに、マイクロマネジメントという名の過干渉も罪深い。
右足を踏み出すタイミングまで上司に決められるような環境では、人は自らの歩幅を忘れてしまいます。
思考を外注し、判断を他者に委ねることが、最も摩擦の少ない生き方になってしまうのです。
生む現場、育てる現場の分かれ道
「指示待ち人間」を量産してしまう現場には、共通する手触りがあります。
それは情報の不透明さと、圧倒的な「Why(なぜ)」の欠如です。
自分たちが今、何のために、誰の笑顔のためにこのプログラムを書いているのか。その目的地が共有されないまま、「これをやれ」という細分化されたタスクだけが降ってくる。これでは、魂を込めて走れと言う方が酷でしょう。
一方で、彼らを自走する表現者に変えていく「育てる現場」も存在します。
そこには、適度な「放任」と、深い「信頼」とが共生しています。
育てる現場では、リーダーは指示を出す代わりに、問いを投げかけます。
「この機能で、ユーザーは本当に幸せになるかな?」
と。
答えを教えるのではなく、一緒に探しに行く姿勢。
そこでは失敗も「データの蓄積」として祝われます。
失敗してもいい、いや、失敗した方が面白い。そんな土壌では、エンジニアたちは誰に言われるでもなく、自らの意志でキーボードを叩き始めます。
鎖を解き、再び歩き出すために
「指示待ち」を生まないために、私たちができることは意外とシンプルかもしれません。
それは、指示を「正解」として与えるのをやめることです。
曖昧さを恐れず、あえて現場に「余白」を託してみる。
相手を一人の「作業者」ではなく、共に課題を解決する「パートナー」として扱う。
たったそれだけの意識の変化が、凍りついていた現場の空気を溶かし始めます。
「君ならどうする?」という魔法の言葉。
これこそが、他人の時計で動いていた人々を、自分の足で歩き出させる一歩になるのです。
おわりに
ITというデジタルな世界を形作っているのは、結局のところ、揺らぎを持った人間です。
彼らがOnの時に誇りを持って挑戦し、Offの時には一人の人間として豊かに呼吸できる。
そんな当たり前の生態系を取り戻したいものです。
誰かの背中に「指示待ち」の影を見たとき、それは自分たちの現場が「耕されていない」というサインなのかもしれません。
【徒然メモ】「指示待ち人間」とそれを生む原因の整理
IT現場という特殊な「生態系」において、自律的に動けない、あるいは動かない状態にある人々は、単なる個人の資質の不備だけでなく、環境や構造的な要因によって「指示待ち」へと適応(あるいは硬直)してしまった結果であることも少なくありません。
それぞれの要因を整理します。
1. 「指示待ち人間」の状態定義
IT現場における「指示待ち」とは、主に以下のような行動パターンを指します。
・スコープ外の徹底拒否
定義されたタスク(チケット)以外の事象が見えていても、「自分の仕事ではない」と判断して動かない。
・判断の全委ね
技術的な選択肢が複数ある場合、メリット・デメリットの提示をせず「どうすればいいですか?」と正解だけを求める。
・トラブルの放置
異常を検知しても、誰かに指摘されるまで報告や共有を行わない。
・仕様の受動的受け入れ
設計の矛盾に気づいていても、「仕様書にそう書いてあるから」とそのまま実装する。
2. 「指示待ち人間」を生む構造的原因
多くの場合、現場のルールや空気感が「余計なことをしない方が生存確率が高い」という学習をさせています。
【組織・マネジメント要因】
・減点方式の評価制度
挑戦して失敗するよりも、言われたことだけを過不足なくこなす方が評価が安定する環境。
・マイクロマネジメント
指導者が細部まで指示しすぎて、メンバーが「自分で考える余地」を奪われている。
・心理的安全性の欠如
意見を言うと「代案を出せ」「責任を取れるのか」と詰められるため、口を閉ざすのが正解になっている。
【プロジェクト構造要因】
・多重下請け構造
契約(SESや受託)の制約が厳しく、善意の自発的行動が「契約外作業」としてコンプライアンス違反になるリスク。
・情報の非対称性
現場の末端までビジネスゴールや顧客の声が届かず、今作っているものが「何のためか」を判断する材料が不足している。
・過度な分業化
役割が細分化されすぎており、隣の担当領域がブラックボックス化している。
【技術的・物理的要因】
・レガシーシステムの恐怖
「触ると壊れる、壊すと直せない」という古いシステムへの恐怖心が、自発的な改善行動を抑制している。
・コミュニケーションの断絶
物理的・心理的な距離により、雑談ベースの「これ、やっておいた方がいいですよね?」という軽い提案がしにくい。
3. 個人の心理的要因(環境への適応結果)
環境要因が長期化することで、個人のマインドセットが固定化されます。
・学習性無力感
「どうせ提案しても通らない」「結局、上の意見でひっくり返る」という経験の積み重ね。
・責任回避本能
責任の所在が曖昧な現場において、自分が判断を下すことによるリスクを過剰に回避しようとする心理。
・「作業者」としての自己定義
自身の仕事を「エンジニアリング(課題解決)」ではなく「言われたコードを書く作業」と定義してしまっている状態。
【関連記事】
☆IT現場の生態系
☆プロマネの生きる道
☆プロジェクトマネジメントの小径
書籍の紹介
・心理的安全性をつくる言葉55 Kindle版
原田将嗣 (著), 石井遼介 (監修)
出版社 : 飛鳥新社
発売日 : 2022/8/5
いま大注目の「心理的安全性」を取り入れるなら、本書の言葉から
いつものひと言を変えることで......
会話が増える!
チャレンジが始まる!
チームが変わる!
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
・プロジェクトマネジメント知識体系ガイド
(PMBOKガイド)第7版 Kindle版
+プロジェクトマネジメント標準: PMI日本支部 監訳
プロジェクトマネジメント協会(PMI) (著)
一般社団法人 PMI日本支部 (2023/1/6)
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
・図解即戦力 PMBOK第7版の知識と手法がこれ1冊でしっかりわかる教科書 Kindle版
前⽥ 和哉 (著)
技術評論社 (2024/9/20)
プロジェクトマネジメントの世界標準として知られるPMBOK Guide 第7版の解説書です。「プロジェクトの基本」「価値実現システム」「12の原理・原則」などプロジェクトマネジメントの基礎となる知識のほか、PMBOK第7版のメインテーマともいえる「8つのパフォーマンス領域」について、要点をくわしく解説します。プロジェクトマネジメントの勉強のほか、PMP試験対策の第一歩としてもおすすめできる1冊です。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
・図解入門よくわかる 最新PMBOK第6版の基本 Kindle版
鈴木安而 (著)
秀和システム (2018/3/23)
PMBOKガイドは、米国プロジェクトマネジメント協会により、日本語を含め世界11ヶ国語に翻訳・出版されています。翻訳されても、専門用語が多い、カタカナ用語が多いなどの理由からなかなか理解が困難です。本書は、『PIMBOKガイド第6版』の翻訳・監訳チーム・リーダーでもある著者が、本来の意味をなるべくかみ砕いて解説します。イメージしやすいよう図版を豊富に使っているので、初心者からベテランまでわかりやすくなっています。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
・プロジェクトマネジメントの基本がこれ1冊でしっかり身につく本 Kindle版
前田和哉【著】
技術評論社(2022/06)
本書は、プロジェクトマネジメントについて基本から学ぶことのできる入門書です。プロジェクトマネジメントの基礎知識について解説した後、プロジェクトを「立ち上げ」「計画」「実行」「監視・コントロール」「完了」という5つの段階に分け、各段階において実施すべきこと、注意すべきポイントについて丁寧に解説しています。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!