見出し画像

なぜかぐや姫は月の世界から来たと言われるのか

 「竹取の翁は、竹の中に光る竹を見つけ、その中に三寸(約9cm)ばかりなる人を見つけた」

 ご存知、『竹取物語』の有名な冒頭です。

 この物語のヒロイン、かぐや姫。
 彼女を語る上で欠かせないのは、「月の都から来た」という、あまりにもロマンチックで、そして少しばかり奇抜な設定ではないでしょうか。

 なぜ彼女は、遥か彼方の月世界から、わざわざ日本の田舎の竹林にやってきたのでしょうか?

 平安初期に成立したとされるこの『竹取物語』は、日本最古の物語文学と言われ、そのストーリーはまるで現代のSFロマンスのようです。

 竹から生まれた美女が、次々と求婚者を退け、最終的には故郷の月へ帰っていく。
 この一連の流れには、当時の人々の「理想郷」や「現世への諦め」が、きらびやかな比喩として織り込まれています。


物語の舞台 平安京の熱狂

 物語の舞台、平安時代といえば、優雅な王朝文化が花開き、一方で疫病や天変地異も多かった不安定な時代です。

 藤原氏の権勢が強まる中、人々は現世の穢れや死という避けられない運命に、常に不安を感じていました。

 そんな時代に、翁が見つけた光る竹。
 まるでスポットライトを浴びたステージのセンターのように輝く竹から、三寸の愛らしい少女が現れたのです。

 この「竹から生まれた」という設定は、私たちに何を語りかけているのでしょうか。

 竹は、古来より生命力や清浄さのシンボルです。
 そこから、まるで奇跡の宝物のように現れたかぐや姫は、「現世の理を超越した存在」のメタファーに他なりません。

 つまり、「なぜ竹から?」の答えはシンプルで、「この世の常識では説明がつかない、特別な存在だから」というわけです。

 これは、物語作家が読者を一瞬で夢の世界に引き込むための、最高の仕掛けだったと言えますね。


なぜ彼女は「月」から来たのか?

 なぜかぐや姫は、数ある「異世界」の中から、「月の都」を選んだのでしょうか。

 平安貴族にとって夜空に輝く月は、永遠、清浄、そして不老不死を連想させる、最も神秘的な天体でした。

 当時の人々の間では、月には仙人が住み、常世(とこよ)の国、つまり不老不死の理想郷があるという道教的な思想が深く浸透していました。
 これは、まるで現代人が「もしタイムマシンがあったら」と想像するのと似た、究極のファンタジーだったのです。

 かぐや姫を「月の都の者」と設定することで、彼女は自動的に次の属性を纏うことになります。

 (1)  「死」や「穢れ」とは無縁の存在。
 (2)地上の男たちの求愛を拒否できる、絶対的な(格上の)権威。
 (3)その美しさや持参金(金銀財宝)の出所を、誰も追及できない(だって月からの贈り物ですから!)。

 彼女は地上に「汚れの体験」をするために一時的に送られたという、いささか不本意な理由で地上に来ています。
 彼女が持っているアイテム――火鼠の皮衣や仏の御石の鉢――が、どれも地上の常識を打ち破る「ありえない宝物」であることも、彼女が「常世の国」の住人であることの動かぬ証拠になっているのです。

 言わば、かぐや姫の「月の都からの来訪」は、物語のテーマそのものを体現しているのです。


帰郷の涙と、残された「不老不死の薬」

 さて、かぐや姫が地上で最も愛した翁や、心を寄せた帝の求めを振り切って、なぜ「月に帰らねばならなかった」のでしょうか。

 それは、彼女が「地上」という不完全な世界に、「永遠」という完全な存在を留めておくことはできない、という決定的なメッセージを伝えるためなのです。
 地上の愛や富は、月世界の永遠性には勝てない。
 物語の結末は、平安の人々が抱えていた「現世は苦であり、理想郷は遠い」という諦念を反映しています。

 かぐや姫は最後に、「不老不死の薬」を帝に残していきます。
 しかし、帝はその薬を飲まず、富士山の頂上で焼かせます。

 この結末が、なんとも深い。

 「永遠の命を得ても、愛する者がいない世界に意味はない」
 帝は、不老不死の薬という究極の宝物を前にして、「限りある命の尊さ」を選び取ったのです。

 かぐや姫が月へ帰ったことは、地上に「愛と死のリアリティ」を突きつける、清々しいほどの悲劇だったと言えるでしょう。


おわりに

 『竹取物語』は、かぐや姫が月へ帰ることで、「理想は手の届かないところにある」という残酷な真実を、美しく描き切っています。

 なぜかぐや姫は月の世界から来たのか?

 その答えは、「地上では実現しえない、永遠で、清浄で、究極の美」の象徴だったからです。

 現代に生きる私たちも、夜空を見上げ、あの満月の中に、別世界の理想郷を想像するかもしれません。
 それは、太古の昔から、人が持ち続けた「この世ならざるもの」への憧れ。

 今夜、空を見上げてみてください。
 もしかすると、月の都からの迎えの牛車の音が聴こえてくるかもしれません。



新版 竹取物語 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) Kindle版
 室伏 信助 (著, その他)
 KADOKAWA (2013/8/15)
 竹の中から生まれて翁に育てられた少女が、五人の求婚者を退けて月の世界へ帰っていく伝奇小説。かぐや姫のお話として親しまれる日本最古の物語。第一人者による最新の研究の成果。豊富な資料・索引付き。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

竹取物語 (角川文庫) Kindle版
 星 新一 (著, 翻訳), 和田 誠 (イラスト)
 KADOKAWA (2002/1/11)
 『竹取物語』の大筋については、ほとんどの日本人が知っている。それほどポピュラーなこの物語が、世界で最も古い「SF」ではないかといわれている。アポロ宇宙船が月に到達するより1000年以上も前の日本に、月からやって来た美しい人がいた――という発想にはあらためて驚かされる。SF界の第一人者が、わかり易い文章で、忠実に「古典」の現代語訳に挑んだ名訳! 章の終わりごとに書き加えられた訳者の“ちょっと、ひと息”が、この物語の味わいをいっそう引き立てている。さい。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

かぐやひめ (日本名作おはなし絵本) 単行本 – 2009/7/31
 舟崎 克彦 (著), 金 斗鉉 (著)
 小学館 (2009/7/31)
 『竹取物語』もしくは『竹取の翁物語』と言う名で、長い間日本人に親しまれてきた、日本最古の創作物語のひとつです。舟崎先生の流麗な文章と金斗鉉先生の繊細で美しい絵が、読む者を平安の昔へと、誘います。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



いいなと思ったら応援しよう!

Tom.Msn よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!