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東京が好き - - 音楽の遊悠エッセイ

東京が好き
 水越恵子

 東京の冬は、時にやさしく、時にひどく冷たく感じられることがあります。
 でも、その冷たさが、時にはかえって人の心のあたたかさを浮かび上がらせることがあるような気がするのです。

 水越恵子の歌う「東京が好き」。

 まさにそんな東京の冬の風景から始まります。
 作詞・作曲ともに水越恵子。この曲は、1979年12月にリリースされたアルバム『Aquarius』に収録されていました。
 まるで物語の一節のように、ひとりの女性の心の動きと東京という街の空気感とが丁寧に描かれていて、聴くたびに胸の奥に染みてきます。

 「冬の誘い冷たい風に
  あなたの手紙 ちぎって飛ばした」

 という出だしは、強い感情と決意、そしてかすかな寂しさを含んでいます。
 もう戻らない思いを断ち切るように手紙をちぎって、冬の風に乗せる。その姿は痛々しくも美しく、同時にとても静かです。

 東京のどこかの歩道か、あるいは駅前の広場でしょうか。凍える空の下、コートのポケットに手を入れながら、彼女は何を思っていたのでしょう。

 最近、Jポップが世界的に見直されるようになってきました。シティポップという言葉も、海外の音楽ファンの間で浸透しています。
 中でも70年代から80年代初頭の楽曲は、「懐かしくて新しい」と高く評価されているようです。

 水越恵子の「東京が好き」も、まさにその時代の空気をまとった曲です。このメロディラインは胸にすっと入ってきて、決して古びることがありません。

 この曲には香坂みゆきによるカバーバージョンもあります。
 少し若々しく、軽やかに響くその声は、同じ歌詞なのにまた違った東京の姿を見せてくれます。
 恋に破れてもなお、その街に愛着を持ち続ける強さ。切なさの中に、芯のある前向きさが感じられるのです。

 「バスを待ってたばこをふかす
  見知らぬ人にあなたを感じる」

 このフレーズもまた印象的です。
 東京のバス停で、ふとした瞬間に彼の面影がよみがえる。それは、日常のほんの断片でしかないのに、ものすごく深く刺さる瞬間です。
 混み合う通勤路、雑踏の音、無数の人の波の中で、自分だけが時間を逆行しているような不思議な気持ちになることがあります。
 東京はそんな錯覚をやさしく許してくれる街でもあるのです。

 この歌が描いている「都会の真ん中」とは、どこなのでしょうか。渋谷?新宿?あるいは銀座。どれも違うような気がします。
 人によって思い浮かべる風景は違うはずです。
 街灯の下、しんと静まる並木道。どこかにあの人がいそうな気配を感じながら歩く自分。
 でも、東京の真ん中は、もしかすると「心の真ん中」なのかもしれません。

 「溶けてにじむ夜の都会の隅で
  鮮やかすぎる面影をまた眠りにつかせる」

 夜になると、東京は本当の姿を見せてくれる気がします。昼の喧騒が少しだけ静まり、街灯に照らされる歩道、車のライト、遠くの電車の音。
 それらすべてが、記憶のスクリーンに映像のように流れていく。そして、そんな夜の片隅で、人はそっと過去を胸の奥に戻していくのです。

 「だけど東京が好き 一人残されたって
  そんな東京が好き あなたはもういない」

 このサビの部分は特に胸の奥に染みてきます。
 相手はもういない。それでもなお、この街が好きだと言えるこの気持ち。そこにあるのは、未練ではなく、感謝のような、受け入れる力のようなものかもしれません。
 どんなに痛みを抱えていても、東京という街は受け止めてくれる。そんな懐の深さが、この歌には込められているような気がします。

 私も東京が好きです。決してやさしい街とは言えないけれど、時には孤独に感じるけれど、それでも心に寄り添ってくれる街。
 見知らぬ人が行き交う駅のホームや、夜遅くまで灯りがともる喫茶店、誰かの気配が残る路地裏。
 そういう場所が、静かに心を支えてくれます。

 たぶん、東京というのは「過去を抱えて歩いている人たち」が集まる場所なのでしょう。だからこそ、ここで再出発できる。心にぽっかり空いた穴も、街の喧騒の中で少しずつ埋まっていくのかもしれません。

 「東京が好き」は、そんな東京のもう一つの顔をそっと教えてくれる一曲なのかもしれません。
 時にこの歌を聴きながら、自分なりの東京を歩いていこうと思います。


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