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command: silent 05 席がひとつ減った食卓

ある家の食卓に、椅子が何脚あったか。
正確には覚えてない。
ただ、ある日を境に、ひとつ減ったことだけは覚えている。


その家は、二つの家族がひとつになった家だった。

父親側に子どもが何人か。
母親側に、男の子と女の子が一人ずつ。

女の子は静かだった。
大人の空気を壊さない子どもだった。

男の子は、違った。

別に悪い子じゃなかったと思う。
ただ、父親とウマが合わなかった。
同性だから、というのもあったかもしれない。
父親の方も、"自分の子ども"と"そうじゃない子ども"の扱いに、
隠す気のない差があった。

家の中に、少しずつ、軋む音が増えていった。


父親は、手が出る人間だった。

自分の子どもには、前からそうだった。
だが、新しい家族には……少なくとも最初のうちは、そうしなかった。

ある日、母親が風呂に入っている間に、それが崩れた。

男の子が殴られて、蹴られた。

母親が出てきた時には、もう終わってた。
何が起きたかは、空気でわかったはずだ。


母親は怒っていた。
当然だと思う。

自分がいない隙に、自分の子どもに手を上げた。
論外だ。
普通なら、そこで終わる。
そんな男とは別れる。
子どもを連れて出ていく。

……でも、母親はそうしなかった。

母親には計算があった。
父親の収入は安定していた。
この再婚を前提に、前の結婚を終わらせていた。
ここで崩すわけにはいかなかった。

だから、母親は考えた。
問題はこの男じゃない。
この男と、この子の相性が悪いだけだ。

なら、離せばいい。

男の子は、母親の実家に送られた。
養子という形で。

食卓から、椅子がひとつ消えた。


母親は言ったらしい。

「こうするのが一番よかったの」
「あの子も、向こうで楽しくやってるわよ」
「みんなにとってベストな選択だったと思う」

笑っていた。
困ったような、でもどこか晴れやかな顔で。

本気でそう思っていたのだと思う。
捨てたという自覚は、たぶん、ない。
今でもないかもしれない。


残された子どもたちは、何も言わなかった。

男の子がいなくなった翌日の食卓が、
少しだけ広くなっていたことに、全員が気づいていた。
でも誰もそれを口にしなかった。

空いた席を見ないようにするのが、 あの家の新しいルールになった。


……こういう話を聞くと、お前はたぶん、母親を責めたくなるだろ。

でも一番怖いのは、そこじゃない。

一番怖いのは、あの食卓に座り続けた子どもたちが、
「まあ、仕方なかったよね」と、 いつの間にか思い始めていたことだ。

大人の計算に巻き込まれると、子どもはそれを"普通"だと覚えてしまう。
椅子が減ったことも、誰かがいなくなったことも、
「そういうものだ」という棚に入れて、飯を食い続ける。


今日はそれだけの話。

あの食卓に何人座っていたか、正確には思い出せない。
ただ、椅子がひとつ減った日の夕飯が何だったかも、思い出せない。

たぶん、普通に食べたんだと思う。
いつもと同じように。

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