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宿題についての考え方を整理します

 個別指導の仕事をしていますと、ご家庭から「もっと宿題を出してほしい」と要求されがちです。親御さんたちは宿題とか管理という言葉を簡単に口にしますが、それが何を意味するのか分かって言っているのですか?それが子どもの成長にとってどれほどセンシティブな意味を持つのか理解しているのですか?というわけで、整理していきましょう。

1.判断力がないなら宿題一択

 まず第一に、幼稚なお子さんには宿題を出しましょう。何のために勉強するのか、何をどれくらいやれば身に付くのか、そういった判断が何一つできないレベルの子には宿題を決めてやる必要があります。おおむね小学生の間はそうなるでしょう。

 中学2年生にもなれば、次の定期テストのために何をどれだけやっておくべきなのか、判断できる子が大半になります。自分で考えて進められる子に宿題は要りません。やるべきことは分かっているけれどもついぐずぐずしてしまう子にはペースメーカーとして宿題を決めておくことでスムーズにできるかもしれません。

2.宿題をやらないのは子どもの主張である

 問題は宿題を出してもやってこない子です。宿題について考える際の大前提として、子どもは宿題をいくらでもサボることができるということを覚えておきましょう。宿題をしなかった言い訳は無限に可能ですし、やったふりをして答えを丸写ししてくることもできます。なので事実だけが重要です。やっていない。身についていない。出来るようになっていない。復習していない。覚えていない。結果がすべてです。労を惜しむからできるようにならないのです。それだけです。労を惜しむ子どもを見かねて宿題を強制しても、宿題に対しても労を惜しんでいたら何も変わりません。手間を惜しまず仕事をする姿勢が必要なわけで、けっきょく前向きな気持ちがなければ宿題を出しても効果は期待できないということです。
 なので宿題を出すよりも前に、その子に前向きな姿勢があることを確認すべきです。頭ごなしに一方的に押し付けるだけでは子どもはどんどん受け身になり、消極的になってしまいます。授業中にしゃべらず、黙ってノートを見せるだけになってしまったりします。少なくとも安心して話せる関係性は必要でしょう。親や教師が正論で論破したところで子どもは納得していませんし、中学生くらいでは自分の考えや気持ちをうまく言葉にできない子が多いです。行動や仕草からサインを読み取りながらコミュニケーションする必要があります。少しでも不満を解消し、ストレスの原因を遠ざけてあげることができれば、前向きな姿勢が出てくることもあります。
 試しに宿題を出してみて反応を見てみましょう。ちゃんとやってくるかどうか。汚い字でやっつけ仕事のように終わらせていないか、簡単に諦めて空欄になっていないか。見るべきポイントはどれくらい労を惜しまず取り組んだかです。信頼関係が築けていれば、そういうダメ出しをしても嫌な気持ちにさせることはないはずです。
 
 宿題の一部しかやってこない子も多くいます。あるいは全然やってこない子もいます。それはその子の主張だと見なすべきです。勉強を強制されるのは反対。意味があるとも思えない。そこまでやらなくたって何とかなるでしょ。成績が上がらなくても別にいい。勉強なんてそこまで大事ではない。そういう主張です。表向きはヘラヘラ笑いながら「忘れちゃいました~」とか言っている生徒も、その底には価値観の対立があると考えましょう。
 宿題をやってこない生徒に対して毎回同じ量の宿題を出し続けるのは非常に疲れることです。宿題を出すのもこちらの価値観の押し付けですし、それをやってこないのは生徒の価値観の主張です。それを毎回前景化させ続けるのは精神衛生的に良くありません。集団授業であれば、宿題をやってこない生徒がいても関係なく、できる生徒に合わせて宿題が出されますので、やらない生徒と教師との溝は深まる一方です。個別指導であれば、いつまでもそんな綱引きをしているわけにはいきません。もし教師が決して妥協しないのであれば、パワハラ的な授業になるしかないでしょう。現実的には、生徒が現状のキャパシティで処理可能な分量にまでカットするしかないだろうと思います。カットはしますが、目標達成のためにはこれでは足りないという言葉も付け加える形になります。

3.体質的に出来ない子もいる

 お子さんに前向きな姿勢を持ってもらうために、安心して話せる関係性を築き、過剰なストレスを与えないように配慮を続けたとしましょう。お子さんにとって勉強に取り組みやすい環境になってきたはずです。しかし、それでも一向に宿題もやらないし、試験勉強もしない子がいます。

3-1.怒られなければやらない


 お子さんの精神がひどく未熟な場合にありうることです。表面的にストレスレベルが下がったことをただのラッキーと捉え、サボれるだけサボろうと考えます。勉強なんてサボったほうが得だ。怒られないうちはやらなくていい。(怒られたら怒られたでやる気がなくなるわけですが。)合理的な思考ができず、短絡的な感情で動くタイプです。要するに幼すぎるのであり、中学2年生以降でまだこのレベルの精神性の子は、もう勉強の道はあきらめたほうがいいでしょう。

3-2.発達障害がある


 勉強したくても物理的に不可能な子もいます。数十分勉強すると脳が発熱して思考を継続できなくなる子は案外多くいます。また、一定以上深い思考、複雑な思考、抽象的な思考がどうしても出来ない子もいます。中学2年生くらいの子を見れば、これらの物理的な障壁があるかどうかは分かります。いわゆる才能、IQ、発達障害などと言われる領域の話です。宿題をしない子や成績が極端に低迷している子の大部分にこの傾向はあります。障害がある子にパワハラまがいの教育指導をしても仕方がないでしょう。

4.宿題の強制が正当化されるケースは少ない

 以上見てきたことをまとめますと、宿題を出すことが正当化される条件は次のようになります。

①発達障害がないこと
②何を勉強すればいいか判断できていないこと
③良好な人間関係ができていること

 私は個別指導教師ですが、ご家庭からもっと宿題を出して管理してほしいと言われることは常にあります。たいてい「うちの子は勉強法を分かっていないから」と言います。でも本当にそうでしょうか?何をどれくらい勉強すれば足りるのかという判断くらい、普通の中学2年生なら出来ます。決して難しいことではありません。なのでそれは方便であり、親御さんの本音は「確実にやらせたい」、それだけでしょう。強制すれば仕方なくもっと勉強するだろうし、そうすれば成績も上がるはずだと直線的に考えているのでしょう。

 やるべきことをどうすれば遂行できるか。いろいろな支援の仕方があると思いますが、宿題を出して学習管理をするのは最も安直な方法です。生徒にかかる負担が最も大きい方法です。生徒のキャパシティが足りなければ付いて来られなくなりますし、強く管理しようとすれば生徒は警戒し、本音を言わなくなります。失敗すれば成績が上がらないだけでなく、傷ついた生徒のケアからやり直さなければいけなくなります。親御さんがお子さんのキャパシティを見誤っている場合には特にそのリスクが高くなります。なので、できるだけ宿題以外の方法で遂行力を支える工夫が必要なのではないでしょうか。

5.言われたことしかやらなくなる

 強制力によって勉強を管理し続けると、子どもは言われたことしかやらなくなります。プラスアルファをやるエネルギーの余裕もありません。思春期以降の学生なら強制的に管理されている状態に対して不満や疑問がないわけがありません。しかし権力者(親や教師)との対決を避けるために黙って従っています。疑問を抱いても考えないほうが平和なので、ただ黙ってロボットのように作業するだけの行動パターンが染みつきます。それが子どもなりの最適解だからです。それが一番エネルギーを節約して生活する方法だからです。
 言われたことしかしない生徒の成績は伸び悩みます。学校の授業でも先生の話を注意深く聞き取ることができません。明示的に宿題と言われたこと以外は忘れてしまいます。主体的に勉強に取り組む姿勢の有無がこういうところに現れます。ノート提出もやけに淡泊な取り組み方だったりして、工夫も遊び心も見られないので、評価はされづらいです。
 目先の成績のために管理を強めることは、いわば将来に負債を残すやり方だと思います。私は生徒から「言われたことしかやりたくないので宿題を出してほしい」と言われたことさえあります。これほど知性的でない勉強の仕方があるでしょうか。

6.宿題を出しても活発な議論ができるなら良い

 宿題の確認をするときに、生徒のほうから積極的に感想を話してくれると安心できます。これは出来た、これは分からなかったと言ってくれると宿題を出した甲斐があります。このようなコミュニケーションができる関係があるなら、宿題を出すことのリスクはほとんどないでしょう。
 生徒が前向きに宿題に取り組むのは、それが宿題であろうとなかろうとやるべきことだと理解しているからです。そのためには、本人がやるべきだと感じている課題を宿題にする必要があります。宿題は生徒本人と相談して決めるのが良いでしょう。そうすれば、宿題は自宅学習のペースメーカーとして生徒の利益になります。しかし、もしこちらが欲を出して生徒の意思を超えてやらせようとすれば、たちまち対立が生まれることになります。

7.最後に

 最後に触れなければいけない問題は、確信犯的に子どもの自由や自律を制限し、ただ優秀な職業人を育成すれば満足だと考える価値観についてです。きっとそういう教育観なのだろうとしか思えない親御さんもいます。経済効率でしか教育を考えていないような人です。そのような価値観を持つのも自由ですが、それを教師などの第三者と共有できるとは思わないでほしいものです。


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