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『夏目漱石の作品紹介と解読 第13回 夏目漱石著「文学論」』

夏目漱石の作品紹介と解読も「文学論」までたどり着くことができた。後は「草枕」なる作品のみが残っているだけである。漱石の書簡集など読んでも、彼の感情の推移を知ることはできるが、研究者で無い者にはそんなに面白いものではない。それにしてもこの岩波書店の漱石全集における「文学論」は、原文そのものであり旧字体と英文とが混じっていて読みにくい。「文学論」にて漱石が書いた英文交じりの小説の感想を読んでも、すぐさま分かるものではない。とにかく全部の文章を読み下すのには時間を必要とする。そのためこの感想文は「文学論」をさっと斜め読みしたものである。また、これよりずっと後に講演した「文芸の哲学的基礎」がこの「文学論」の枠組みを概説していて、かつ更なる文学論を含んでいて分かり良いはずである。この「文芸の哲学的基礎」については、第2回にて既に紹介している。

漱石がこの「文学論」を書いたのは、「私の個人主義ほか」にも書いているが、英文学に裏切られたような気持ちに煩悶した結果、文学を科学的に解明しようとしたことによる。ロンドン留学中から記述を始め、帰国後十年計画で記述しようとしたけれど、小説を書く面白さなどで時間を取られ、記述を放棄せざるを得なくなったのである。結局、この「文学論」は帰国後も書き続けて講義も行っているが、友人中川芳一郎に編纂その他の一切の整理を委託して出版している。この辺りは「文学論」の解説を読むといろんな経緯があるようである。『向後、この「文学論」のごとき学理的閑文字を弄するの余裕を与えざるに至るやも計りがたし』と述べて今後の記述修正を行う意志のないことを示している。また『この一遍は余がこの種の著作に指を染めた唯一の記念として、価値の乏しきにも関せず、著作者たる余にとっては活版屋を煩わすに足る仕事成るべし』と述べて、価値を認めていなくとも出版している。なお、友人中川芳一郎とは講義を聞いていた学生であって、彼の講義ノートを基にした記述に漱石は不満を持ち、時間を割いて自らが修正を行っている。

この「文学論」の内容は大切である。それ以上に大切なのはなぜ漱石はこの「文学論」を精魂尽き果てるまでに記述しようとしたかである。結論を簡単に言うなら、漱石は道徳学、倫理学者である、いやむしろ生の哲学者であって人間の意識そのものを極めようとしたためである。英文学を根底から読みこなすことができず、結局裏切られながらも科学的論理によってこの英文学の真実を極めようとするのは、さまざまな軋轢によって経験した人生の乖離そのもの、文明開化に邁進する日本に生じている亀裂そのもの、加藤典洋の書いているように明治以前と以後の世界に身体を裂かれ、先の過去を切断された「根無し草」として生きざるを得ない日本人そのものの、そして大切なのは世間に生きて葛藤し煩悶する自らへの生への論理的な解決策そのものを必要としたためである。

こうして、漱石はW.ジェームズを主としてアンリ・ベルグソンなど哲学を読破して自らの思想とすべく咀嚼する。かつ自らの思想も加えて文学論というより意識を解明する哲学を構築しようとしたのである。ただ、哲学と文学とを同時に論じることはあまりにも広範囲であり、境界が曖昧となり手広くなってしまう、結局この「文学論」は構成的な観点からすると収拾がつかなくなっている。漱石自身の言葉によると「文学論」は記念と言うより失敗の亡骸であり、しかも畸形児の亡骸である。ただ、とても切なく愛おしい亡骸である。しかしながら、この亡骸によって漱石は作家としての思想的な礎を築いている。この思想はその後の小説作品の礎として機能している点は見逃せない。

本書には中川芳一郎の原稿に漱石が朱書きを入れた写真が掲載されているが、殆ど真っ赤であり気違いじみている。つまり、「行人」に記述されている学者なる一郎のミミズのようのように小さな字が、漱石のロンドンにて記述したノートの字そのものであり、一郎の疑惑する精神は漱石の経験した人間や人生に対する、この日本に対する、この世界の在り方そのものに対する猜疑心そのものに他ならない。こうしてみるとベルクソンが「生の哲学」の系列に入っているとするなら、漱石も「生の哲学」の系列に入れなければならない。江藤淳が言うように漱石の深淵はその通りにありながら、ただ単に暗いイメージにあるのではない。「生の意味」そのものを求めているのであり、サルトルを代表とする「実存主義」哲学の先駆者とも言えるのである。いわばこの「生の意味」を、意識の偽ってしまう不可解な謎も含めて、深め追求して行くのが漱石の作品群であり、「道草」にて初めて妻の御住は、お父様は何も分かっていない、と言って赤ん坊の赤い頬に幾度か優しく接吻するのである。生まれたてのぶよぶよとした寒天のような赤ん坊のイメージは、ここで初めて生きた人間の赤ん坊に転換しているかに見える。

結局、漱石は論理と観念を超えて生そのもの内に意味を見出そうとして、晩年には幾らかこの生なるものの意味を、愛を通じて見出すことができたのかもしれない。「明暗」では相対的な愛と絶対的な愛とを観念として戦わせているけれど絶筆となって残念であるが、両方の観念とも敗北するはずである。お延は絶対的な愛という観念を持つのではなくて、愛という情緒を持たなければならなかったのである。お秀は相対的な愛という観念をもって攻撃するのではなくて、相対的な愛の内に生きて、どの愛も認めなければならなかったのである。清子との関係の結末が何も起こらずに終っても、いずれにせよ絶対的な愛や相対な愛なる観念は敗北するはずである。と同時にいとおしい純粋な愛という知と情緒が要求されるはずである。このいとおしい純粋な愛が「明暗」が絶筆しなければ、登場人物に行動として伴いどこまで表現されたたが気に掛かる。でも、この純粋な愛を表現した小説は「明暗」の次に書かれるべきものであろう。「明暗」ではこうした愛があると清子を通じて知るだけ終わるはずである。ただ、清子は清なる婆やと違って慈愛的に何をも受け入れてくれる寛容さは持ち合わせていない。この愛が受け入れるのはそれに相応しい人だけである。即ち、意図し策略を講じて自らの心理的優越性などの保身を図る人にはふさわしくない愛である。この愛を受けるには自らが変わり相応しい人間にならなければならないのである。

さて、ここで「文学論」の内容について簡単に触れたい。ここで、目次をざっと紹介しておきたい。第一遍 文学的内容の分類、第二編 文学的内容の数量的変化、第三篇 文学的内容特質、第四編 文学的内容の相互関係、第五編 集合的F である。

出だしが『凡そ文学的な内容の形式は(F+f)なることを要す』と記述されている。『Fは焦点的印象又は観念を意味し、fはこれに付着する情緒を意味す。されば上述の公式は印象又は観念の二方面即ち認識的要素(F)と情緒的要素(f)との結合を示したものと云ひ得べし』なのである。なお、認識的要素(F)と情緒的要素(f)との結合は三種類に大別されると述べている。即ち、1)三角形などの観念にて、Fがあってfなき場合、知的要素を存し情緒的要素を欠く場合。2)花、星等の観念にて、Fを伴なってfを生じる場合。3)理由なき恐怖などfのみありFがない場合がある。この2)が(F+f)なる結合こそが文学的内容を示しているのである。

こうして「文学論」は科学的方法を持って、心理的な説明や意識に感覚を論じることから始まる。まるでベルクソンの意識や感覚論やスピノザの精神や感情論を彷彿させる。確かに彼らの影響を受けて漱石はこれらの思想を自らの思想の内に咀嚼し、自らの思想として展開していると推測させる。そして、意識について詳しく論じていることが、文学論というより哲学論に近い印象を持たせるのである。おおざっぱに言うと、これが、第一遍 文学的内容の分類、第二編 文学的内容の数量的変化 における記述内容である。ただ、認識(F)と情緒(f)の割合が変化すると記述していることには注意しておきたい。

これらの記述は文学的な内容というよりも意識そのものに対する記述でもある。ベルクソンの持続なる瞬間、漱石より後になるがレヴィナスの瞬間に似ていて、漱石が「われわれの生命は意識の連続であります」と述べているのと同等な意識の連続性を示す瞬間を指し示している。ただ、この瞬間は持続そのものとも言い換えることができる。なお、これら哲学的用語の厳密性については問わないことにしたい。なお、「文芸の哲学的基礎」で述べている空間と時間については、章を設けて特にこの概念を記述していない。なぜか、漱石には慣れず難しかったこともあるが、これらを入れると拡散していく文学論がさらに収拾つかなくなるためであろう。ともかく、意識や感覚は連続でありながらその内容は移り動いて、その割合を変動させ変化していくものと漱石が捕えていたと知ることができる。

第三篇 文学的内容特質、第四編 文学的内容の相互関係 では、言語や文学と科学上の真などを述べて、更に文学的技法、投出語や投入語、対置法や写実法、調和法などについて記述している。言語についてはこの無限の意識連鎖のうちを意識的にあるいは無意識に辿り歩く伝達器と捕えていることが関心を引く。きっと漱石においては、語られる言語も記述される言語も瞬間のうちに発せられるものなのである。そして文芸家は意識の連続の、この終わりなき連鎖の内から随意に切り取って表出できる権利を有する。そして文学者の手腕は『物の本性が如何なく発揮せられて一種の情緒を含むに至る時は、即ち文学者の成功せる時なりとす。従って文学者があらはさんとする力むる所は物の幻惑にして、躍如として生あるが如くこれを移し出すを持って手腕とす』ことなのである。

第五編 集合的F では、まずFの差異について『Fの差異とは時間の差異を含み、空間の差異を含み、個人と個人との間に起こる差異を含み、一国民と他国民との間に起こる差異を含み、又は古代と今代と、もしくは今代と予想せられたる後代との差異をも含む』ものなのである。そして一時代の意識である集合意識について論じている。漱石はこの意識が差異を伴ない未来に向けて推移していくとの考え方を示している。この意識の差異こそが漱石が認識の根本にある。

漱石は「文学論」にて哲学的な思想を含めた文学論を記述していて、この「文学論」を発刊するとともに、作品として結実させている。奇形児の亡骸でありながら正統に嫡子として生まれ出て漱石作品の中に生きているのである。つまり漱石は認識する意識そのものを描こうとしている。そしてこれに情緒なる感情が加わってくる。これは男女間の愛の葛藤において顕著になる。漱石が男女間の愛を多数書いたのは彼の経験上から来ているばかりではない、何度も言うが感情を伴なって動いていく意識の葛藤が顕著に表れるためでもある。また、漱石は個々に差異があることを認めることが大切であると言っている。これは彼の個人主義なる出発点となる思想であり、愛と道義を重んじる倫理的な思想家であることが良く分かる。漱石は個人と国家の自由度は時の状況に置いて変動すると言っている。でも、強制する国家が嫌いなのであり、あくまでも個人主義的な思いに重きを置く思想の持ち主だったのである。

英文学を目指すなら、漱石を詳細に調べたいのなら、この「文学論」に引用されている英語の文章を読み解き、漱石の感想がどういうものか味わい調べるのが良い。それ以上に、この「文学論」が一番貴重な漱石自身が自らの思想をさらけ出した資料である。漱石がこの思想に基づき実践しようとしていたことを確認できるはずである。また、漱石が小説の技法を重んじていたことは重要である。この技法が作品の内に謎が秘めさせることもあるはずである。ただ、この謎は技法上の謎であってその背後に何かあるかと考慮することはさして意味がない。谷崎潤一郎が小説技法として重要視する余白や余韻と同等に、漱石の場合も小説に時間や空間に深みを与える効果を生み出している。ただ、この技法は途方もない謎を与えて読者を困らせることがある。この小説技法の最高に成功した小説がきっと「こころ」である。

今まで述べたことをまとめると、漱石作品の個々に記述されている謎解きを行うのが漱石を論じることではなくて、漱石の作品全体を漱石の「文学論」で示す思想や哲学的な概念で切り開くことこそが漱石を論じることと思われる。そして、個々の作品の内に示されているこれら思想や概念を解釈して証拠として論じることこそが漱石を捕らえることができるはずである。なお、以前、漱石の作品は個人的な経験が深く関連していると述べたが、こうした私の考えはエクリチュールからの解釈に重きをおくことになる。このため、漱石の人生的な経験を考慮しなければ作品はとても理解できないとの思いがジレンマとなって競合してくる。このため、漱石の子供たちが書いた本などは敢えて読んでいない。

この『夏目漱石の作品紹介と解読』の文章を元に書き加えて私が漱石論を書く場合があるかもしれず、ただ、無いのかもしれず、良く分からないが、書くとすれば概念的な内容を増やして記述したい。でも、読者としては個々の作品の謎解きを行うのも面白いはずで、それを否定するつもりはない。いずれにせよ、漱石を論じることはそれほど意味を持ってはいないないのかもしれない。漱石作品には多様な楽しみ方があるのであり、読んで楽しみ満足することこそが一番良いのかもしれない。ただ、私は『夏目漱石の作品紹介と解読』として漱石の作品を読んで紹介することによって、漱石なる人物の何かをほんの幾分かは理解できたつもりでいる。

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歩く魚 詩や小説に哲学の好きな者です。表現主義、超現実主義など。哲学的には、生の哲学、脱ポスト構造主義など。記紀歌謡や夏目漱石などに、詩人では白石かずこや吉岡実など。フランツ・カフカやサミュエル・ベケットやアンドレ・ブルドンに、哲学者はアンリ・ベルグソンやジル・ドゥルーズなどに傾斜。