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何をモチベーションにするのか。

やる気は行動をしていくうちに湧き上がってくる。
ただ、淡々と行動をこなしていけばよい……。

数々の自己啓発本や習慣についての本に書かれていることです。私も少しだけnoteを書こうと思いながらいつも、思ったより多めに書けていることがあります。
今日は朝から用事をこなし、怪獣8号、虎に翼を眺めて、仮眠して、本を読んで、家の雑事をこなし、光る君へをリアルタイム視聴し、寝る準備をして、パソコンを触っている次第です。寝る数時間前には触らない方がよいのですが、仮眠をとったこともあり、きっと寝付けないと思うので更新だけしておこうと思います。
さて。今日は妹と将来の話を少ししました。
ブックカフェを古民家を買ってリフォームし、開設ってどう? みたいな。
ただ、今は構想だけしている段階です。楽しそうだなって思っただけ。行動するまでには至りません。

私は今まで、歯列矯正も、断捨離も、子宮筋腫の手術もそうですが、私のモチベーションは「あの人のようになりたくはないな」と思ったときに、行動に移せるのです。我ながら嫌なやつだと思います。いつまでも亡くなった家族の遺品がある家に暮らし、誰かどうにかしてくんないかな、とぼやく彼女は自ら行動するこは滅多になく反面教師となりました。
過去に出会った方で『いいよね正社員で働いて。私は働くの向いてないからフリーランス目指すしかないのに』と言われたときは「悪かったな凡人で」と考えましたが、彼女が本気で「ふつうの人生」を羨んでいるのはわかっていました。仕事やめずにそのまま生きな、それがいいとよく言われます。
たしかに、仕事はやめない方がいいでしょう。生活ができなくなれば小説を書くことすらできないからです。
ドラマを見る時間を減らせば創作もできるとよく言われます。全くもってそのとおりです。
しかし、物語を紡いでいけたときは読書(インプット)をよくしておりました。映画も週末は必ず見ていたし、ドラマも今よりたくさん見ていました。なんせ、仕事に費やす時間が多い。仕事のことを考える時間も増えました。管理職なんて、たいしたことしてないでしょと言われますが、人がやりたくない仕事を受けようようになったのが今の私です。
じゃあ、やめたらいいのかといえば、それもできない。推しでもつくって楽しく生きていけばいいと思いますが、そこまでドハマリできるものもない。
詰んだ、って朝起きたときによく考えます。
戦死者が夢見た理想郷である現代日本に生きていながら、不足感を感じているというのは、どういうことかと冷静な私は考えます。
結婚したら幸せなのか、推しがいれば幸せなのか、小説を書けるようになれば幸せなのか。
ぐるぐる考えているのですが、ふと思いつきました。
「私、今けっこう幸せだから書けないんだ」と。
小学生の頃から、ずっと不満を抱えて生きてきましたが、お金もあるし、仕事もあるし、友達もいるし、父は元気だし、体は健康(いまのところ)だし、何も不足していないのが「今」なんです。誰かを羨むことも、強く嫉妬することもない。わかりました、退屈しているのです。
知らない土地へいって、五感を刺激するために旅行でもしたらいいというのはそういうことでしょう。
仕事も慣れてしまったのかもしれません。本当はまだまだ勉強すべき点はあるのに、それを勉強したら一体どういう状態になるのか容易に想像できてしまうのです。
ちょっと疲れているだけだと思うのですが、そういった考えに至りました。
なにくそ根性論って、令和にふさわしくないですが少なくとも私にはモチベになっていたんだと思います。
学生の頃、小説を書いていたのは友達にみせるためでした。みせて「すごいでしょ」悦にひたり、感想をもらい、批判的な感想だと「次はもっとうまくなってやる」って思いました。ひどすぎる感想だと凹みますが。
ライバルだった友達は数年前に亡くなりました。

会社に小説を書く友人がいたらいいのにな、そう思いました。
副業をされている方はいますが、私の場合しばらくはお金にならない活動に従事することになるため、ベクトルが違います。

自分がなんのために書いていたのか。自分のためだけど、眼の前の子に読んでもらうことが目的だったんだと思います。また書けたものを読み、嫉妬することで相乗効果をよんでいました。
大河の紫式部と清少納言はそういった意味でいいライバル関係だったのでしょう。同じ界隈にいる同期であることは必要条件です。

映画「ルックバック」を見に行くべきなんだろうな、そう感じます。
では、また。

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