公安の手口🚓①-03無法な公安「ガサ入れの目的は孤立」
公安の手口①-03無法な公安「ガサ入れの目的は孤立」
新右翼の「一水会」の元会長が、公安警察に追われて使われた
エゲツナイ卑劣な手口の数々を「公安警察の手口」の本を元に
見ていきます。
鈴木邦男「公安警察の手口」

鈴木邦男(すずき・くにお)
1943年福島県生まれ。67年、早稲田大学政治経済学部卒業。
70〜73年、産経新聞社に勤務。
学生時代から右翼・民族派運動に飛び込み、72年に「一水会」を創り、「新右翼」の代表的存在になる。99年12月に「一水会」会長を辞め、顧問になる。現在、月刊「創」など にコラムを連載中。
主な著書に、『新右翼』(彩流社)、『夕刻のコペルニクス』(扶桑社文庫)、『言論の覚悟』(創出版)、『ヤマトタケル』(現代書館)などがある
ガサ入れの目的
ガサ入れの目的は周囲の住人に警戒心を喚起させ、
経済的、心身共に追い詰め、孤立させていくこと
●ガサ入れの目的
最近はガサ入れに来る公安は揃いの帽子を被り、揃いのブルーの服を着ている。
昔は背広にネクタイで、控え目にガサ入れに来たのに、
今は「俺たちは警察だ」とあえて誇示するような姿でガサ入れに来る。
さらに携帯電話で大声で喋っている。
「今、鈴木の家のガサ入れを開始しました。そちらはどうですか」と。
さらには、
「シャブはねえか、探せ!」
「チャカ(拳銃)はねえか」
と大声で怒鳴っている。
そして金属探知機を使って天井裏まで調べている。
こんな感じで必要以上に大騒ぎをしながら捜索をしていれば、
当然、「何事か?」と近所の人たちだって集まってくる。
帽子を被った警察を見て、「オウムの捜査かしら」などと言っている。
大家さんも慌てて駆けつける。
「何事ですか」と警察に訊くと、
「爆弾事件の容疑です」とか「放火の容疑です」という返事が返ってくる。
そんな説明を受けたら大家さんだって驚く。
結果、「ともかく、出ていってくれ」とぼくに立ち退きを命じることになる。
「冤罪です」とぼくが説明しても、
大家さんは「何もないのに警察がガサ入れするはずがない」と思っているから聞く耳をもたない。
たとえ、ぼく自身が主犯者ではないと理解してくれたとしても、
「犯人の仲間か、あるいは何か関係があるんだろう。だから警察が来たのだ」
と大家さんは推測をめぐらせるにちがいない。
このように、ガサ入れの目的は周囲の住人に警戒心を喚起させることなのだ。
国民の大多数は、おそらく一生、逮捕されることもないしガサ入れされることもない。
だから、警察が来るなんてよっぽどのことだと思うはずだ。
それが世の中の「常識」だ。
その「常識」のために、ぼくは何度もアパートを追い出された。
一水会(右翼団体。1972年に鈴木邦男により結成。反米路線を掲げ、
従来の親米右翼と一線を画す「新右翼」として注目を集める。
現代表は木村三浩。機関誌「レコンキスタ」を発行)
の事務所なんて十回以上も追い出され、その度に引っ越している。
一度などは、かつて「週刊SPA!」に連載していたとき赤報隊のことを書いたら、それだけでガサ入れをされた。
ガサ入れの理由は「何か知っているはずだ」という曖昧なものだ。
「だったらガサ入れなんかしないで、ぼくのところに直接聞きにくればいいじゃないか」と言ったら、
「鈴木さんは警察には会わないでしょう。だからこういう方法しかないんです」とうそぶく。
酷い連中だ。たかが週刊誌の記事で自宅をガサ入れされたなんて、日本中でぼくだけだろう。
自己保身しか頭にない公安
●自己保身しか頭にない公安
こうした不当ガサ入れや不当逮捕については何度も抗議したけれど、
全て無駄だった。民主的といわれる弁護士に相談しても、
「政治運動をしていたらそういうこともあるでしょう」と相手にしてくれない。
それに一般の人は、
「過激な運動をしているから公安は取り締っているんだ。
少々捜査が行き過ぎても仕方ないだろう」と思っている。
つまり、「政治運動をしているお前らも悪いんだ。
警察に弾圧されるのが嫌なら政治運動をやめて一般市民に戻ったらいいだろう」というわけだ。
しかし、ことの本質はそう簡単ではない。
たとえ「一般市民」に戻っても死ぬまで追い回されるからだ。
それに、公安は「顧客」を手放さない。
公安にとっては左右の活動家は「お客さん」であり、生活の糧だ。
「日本を引っくり返そうと企てる危険な活動家がたくさんいる。
彼らから日本を守っているのは自分たちだ」と公安は思っている。
それに、活動家の数が増えるのは公安にとっても都合がいい。
なぜなら「もっと予算を」と言えるからだ。
もし、活動家の数がどんどん減った場合、公安は自らの存在理由が消失したことを認めるだろうか。
「もう彼らは活動をやめたから危険はありません。我々も監視をやめます」
と上司に報告するだろうか。
しないのだ。
ここが大事だ。
彼らは、こう報告する。
「活動をやめたと言っているが本当かどうか分かりません」
「きっと偽装脱会ですよ」
「もっと過激なことをやるつもりです」。
だから、公安の論理で考えれば、監視は永遠に必要だし、
予算も人員ももっと必要だということになる。
つまり、公安のブラックリストに載ったら、もう一生逃れられないわけだ。
伊丹万作「騙されることの責任」
もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない。一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より
