恐るべき公安👮♂️⑧-04監視テクノロジー「マイナンバーカードの失敗例@出雲市」
恐るべき公安⑧-04監視テクノロジー「マイナンバーカードの失敗例@出雲市」
悪名高い公安の
組織や手口に迫っていきます。
青木理「日本の公安警察」

青木理(あおき おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクション作家。
90年に慶応義塾大学卒業後、共同通信社入社。
社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、
2006年よりフリーとして活動
整備進む治安法と総背番号制
出雲市での実験
「出雲市民カード」には、1人の人間の病歴、銀行口座の出入金、さらには図書館で借りた本の履歴までがインプットされるとするならば、そこから個人の健康状態、経済状況、興味の方向、思想傾向までをおしはかることが可能となる。
公安警察によるスパイ獲得作業や監視対象調査における「基礎調査」項目のほとんどが1枚のカードに凝縮されることになる。
●出雲市での実験
出雲市で、改正住基法による住民基本台帳カードを先取りしたような
「出雲市民カード」が導入されたのは1997年1月のことだった。
カードには住所、氏名などの基本情報のほか、
病歴といった健康情報までインプットされ、
住民票や印鑑登録証が自動交付機で取得できるばかりか、
図書館の利用、
提携した9つの金融機関ではキャッシュカードとしての使用まで可能なものだった。
国民総背番号制へのシミュレーションだったことを暗示するかのように、
出雲市は自治省や厚生省の全面支援を受け、約6億円もの資金を注ぎ込んで実施に移した。
だが結論を先に言えば、出雲市の”実験”は失敗に終わった。
対象市民6万7000人に対し、利用わずか6000人強にとどまり、現在は制度を廃止の方向で検討中だという。
失敗の原因のうち最大のものは”強制力の不在”だったという。
カードを持っている市民と持たざる市民とを平等に扱わざるを得なかったため、
カード所持者が広がらなかったとの論理だ。
言葉を換えるならば、携帯義務が付加されたら事態は変わる。
出雲市のケースは改正住基法に関して、我々にきわめて重要な示唆を与えてくれる。
1枚のカードに、1人の人間の病歴、銀行口座の出入金、さらには図書館で借りた本の履歴までがインプットされるとするならば、そこから個人の健康状態、経済状況、興味の方向、思想傾向までをおしはかることが可能となる。
つまりは、公安警察による協力者獲得作業における「基礎調査」項目のほとんどが1枚のカードに凝縮されることになるのである。
もちろん当面は改正住基法が公安警察の活動と直結すると断言する材料はない。
だが、本来アクセスできないはずの公的な個人情報に対し、公安警察、公安調査庁が容易に近づいている実態は本書の中で見てきたとおりだ。
総背番号制として徐々に整備されていった場合、
制度が治安維持名目に使われる恐れを排除できるとはとても思えない。
まして今度は1自治体の試みではなく、国家が音頭をとって制度を導入するのである。
監視と管理が進む
マイナンバーは、「本来、個人の財産であるべきプライバシーを国の財産にしようというのが今回の改正だ。その先にあるのは国による住民情報の管理と利用以外の何者でもない」と指摘する。
「国による管理強化を狙った法整備やシステムの強化ばかりが進められている。
このままでは、自分が知らない家族や恋人の情報まで、国や警察が把握しているような時代になりかねない。そんな社会が正常でしょうか」
自分の知らないところで、自分の個人情報が共有され、売買され、
その個人情報や弱点を元に、営業マンや詐欺師や警察が寄ってきたりする未来が既にきている。
●監視と管理が進む
1999年7月6日、東京都千代田区にある経団連会館12階のダイヤモンドルーム。
この日開かれた経団連主催の「企業人政治フォーラム」の総会で、
経済界トップを前に演壇に立った1人の大物政治家が熱弁を振るっていた。
「自自公」与党体制の一角を占め、改正住基法成立でも推進役として重要な役割を果たした自由党党首の小沢一郎である。講演の中で小沢は声を張り上げてこう訴えた。
「(改正住民基本台帳法は)政府は国防、安全保障、治安の問題では使えないと説明しているが、そこに使わないで何のためにやるんだ。当たり前じゃないか。
(盗聴法も)総背番号制の話もそうだが、国家的な危機管理という考え方が根底にあって、初めて成り立つんだ」
「正面から『治安維持のために必要』
『プライバシーを守るための厳重な乱用禁止規定を設ける』と言えばすむのに、
こてんぱんにやられるから(政府は)絶対にそうは言わない」
小沢の勢いに圧倒されたのか、経団連会長の今井敬ら居並ぶ経済人からは質問の1つも出なかった。
プライバシー問題に詳しい朝日大学教授石村耕治は
「本来、個人の財産であるべきプライバシーを国の財産にしようというのが今回の改正だ。その先にあるのは国による住民情報の管理と利用以外の何者でもない」と指摘する。
前出の桜井もこう言う。
「国による管理強化を狙った法整備やシステムの強化ばかりが進められている。
このままでは、自分が知らない家族や恋人の情報まで、国や警察が把握しているような時代になりかねない。そんな社会が正常でしょうか」
監視と管理の装置は着実に強化され、
公安警察、公安調査庁などを始めとする治安機関は相変わらず閉鎖された壁の向こうで密やかに活動を続ける。
時に大きなミスを犯し、時に堰を切ったように猛然と、活発に・・・・・・。
伊丹万作「騙されることの責任」
もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない。一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より
