献身はどこまで「業務」なのか? 営業の鏡・Tさんの事故が残した問い
Tさんは営業の鏡のような人でした。
常にお客さまのことを考えて献身的に尽くす人だったため、ファンも非常に多かったのです。
ある時、得意先のご家族が週末に大人数でキャンプへ行くことになりました。
自家用車が大型ワンボックスカーだったTさんは、「自分の車を貸してあげる」と申し出たそうです。
金曜日の仕事終わり、Tさんはワンボックスカーをお客さまのもとへ届け、代わりにお客さまの車に乗って帰路につきました。 しかし、その帰りに悲劇が起こります。
疲労がたまっていたのかもしれません。Tさんはカーブで大きく膨らんでしまい、大型トラックと正面衝突。
救急車で病院へ搬送されましたが、死亡が確認されました。
営業所で残業をしていたN課長のもとに電話が入ります。
みるみる顔色が青くなっていくN課長。その様子に「何かおかしい」と、私たちは固唾をのみました。
「Tが亡くなった。トラックに突っ込んでしまったそうだ」
この瞬間、営業所の時間が完全に止まりました。
「嘘だろう?」という悲鳴のような声。
N課長は机の上の仕事を放り出し、病院へと向かいました。
まだ幼いお子さんがいたTさんのお葬式は、涙なしには見られないものでした。
残されたご家族の姿を、まともに見ることができませんでした。
会社としては「業務外で起こったこと」として労災は適用されない方針になりました。 それに噛みついたのがN課長です。
人事の役員に直接言い放ちました。
「Tのように顧客との関係性を積み重ねてきたからこそ、大きくなった会社じゃないか! 私利私欲のためにしたことではない。車を借りていた先方のご家族だって、どれほど心を痛めているか。これを簡単に『業務外』と切り捨てるのは間違っている」
弁護士も交えてかなりの時間話し合われたようですが、結局、労災は認められませんでした。
最終的に、有志でお金を出し合ってお見舞金をご遺族へお渡しすることになりました。
その後、久々に開催された飲み会で、男泣きしていたN課長の姿が今も忘れられません。
この仕事は業務なのか否か?意識するようになった悲しい事故でした。
