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「好き好き感」が減ったように見える理由


好きの熱量が落ちた=愛が冷めた、なんだろうか?

「前より旦那さんのこと、
好き好きって感じがしなくなりました。」

この前、産休まで店長をしていたお店の
メンバーとご飯に行ったときに、そう言われた。

「え、そうなの?」と思った。

でも、少し考えてみたら、
自分の中では全くそんな感覚はなかった。

夫を想う気持ちは、今も変わっていない。

同じ香水をつけると今でも嬉しいし、
いってらっしゃいも、おかえりも玄関まで行く。
私のインスタを一番きれいに撮れるのは夫なのだ…!

夫がお風呂に入っているときは、
横でずっと喋っているし、
この前は推しの横顔が綺麗すぎて、
「ここがシュッとしてるんだよ」と言いながら
夫のフェイスラインをマッサージしていた。

(ちなみに、私のエラを触らせてあげたら
自分のエラがお肉に埋もれていることにショックを受けていた。笑)

こうして書いてみると、
以前と変わらず関わっている気すらする。

それなのに、どうして「好き好き感が減った」と見えるのだろう。

少し考えてみて、ひとつ気づいたことがある。

それは、愛が減ったのではなく、
配置が変わっただけなのかもしれない。

以前の私は、
夫への気持ちがとてもわかりやすかった。

彼が好き、という気持ちが前面に出ていて、
エネルギーの矢印はずっと「外(夫)」に向いていた。

彼の会社がある駅に行くだけで嬉しかったし、
同じ街で働いていると知ったときは、
それだけで胸がときめいた。

今思えば、
少しだけ「満たしてほしい」という気持ちも
含まれていた気がする。

それが今はどうかというと、

夫も大切。
でも、それだけじゃない。

自分のこと、仕事のこと、息子のこと、推しのこと。

いろんなものにエネルギーが分散している。

頭の中で、夫が占める割合は確かに減った。

でもそれは、

夫がどうでもよくなったからではなく、
意識しなくてもそこにあるものになったから。

前は、ずっと握りしめていないと不安だった。

なくなったわけではなくて、
むしろ安心して手放せるようになった。

周りから見ると、

依存っぽい愛はわかりやすい。
「好き」「会いたい」「一緒にいたい」が表に出るから。

でも、自立した愛は静かだ。

日常に溶けていて、
特別な言葉にしなくても続いていく。

だから、

「薄れた?」と見えることがあるのかもしれない。

そしてもうひとつ、
自分の中で面白い変化がある。

それは「推し」の存在。

夫とは顔のタイプも性格も正反対で、
全くかぶらない。

でも、推しで感じた「ときめき」や「美しさ」を、なぜか夫に還元している。

フェイスラインのマッサージなんて、
まさにそれだ。

推しができたことで、
愛が減ったのではなく、
循環するようになった。

ただ、ひとつだけ思うこともある。

今は同じエリアで働いているのに、
通勤時間が違うから一緒に行くこともない。

昔だったら、それだけで特別だったことが、
今は当たり前になっている。

ありがたみを、少し忘れがちになっているかもしれない。

だから最近は、少しだけ意識している。

当たり前になったものの中にある、
小さなきらめきをもう一度拾うこと。

同じ香水をつけたときの嬉しさも、
玄関で交わすやりとりも、
実は全部、ちゃんと愛の形をしている。

「好き好き感」は減ったのかもしれない。

でもそれは、

愛が減ったのではなくて、
恋が日常に溶けただけだった。

むしろ今の方が、
静かで、自然で、長く続いていく愛なのかもしれない。

またね!

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