マウントおじさんにならないために
1.衰えた競争動物
年齢を重ねると、人間は少しずつ能力が落ちていく。記憶力は鈍り、身体は疲れやすくなり、回復も遅くなる。若い頃には自然にできていたことが、努力なしでは維持できなくなる。
しかし厄介なのは、自己評価システムだけは若い頃のまま残りやすいことだ。
進化心理学的に見れば、人間は本来「集団内での地位」を強く気にする生き物である。地位の高い個体は資源や仲間を得やすく、生存や繁殖に有利だったからだ(Buss, 2019)。
ところが中年期以降、人は能力が衰える一方で、過去の成功体験やプライドだけは残る。その結果、「もう競争には勝てない。しかし負けも認めたくない」という奇妙な状態が生まれる。
すると何が起きるか。
店員への説教。
SNSでのマウント。
職場でどうでもいい知識による優位性アピール。
つまり、「衰えた競争動物」が爆誕するのである。
これがマウントおじさんの正体である。
さて、どうするか?
2.逆上がりには序列がない
ここで重要なのは、競争をやめろという話ではない。
人間は比較する生き物だ。完全に比較から自由になることは難しい。
しかし、比較されない領域へ移動することはできる。
例えば、逆上がり。
鉄棒の種目だ。
中年男性同士が公園で「お前、逆上がりできんの?」と競争することはまずない。ランキングも存在しない。SNS映えもしない。資本主義的価値はゼロである。
しかし、できると妙に嬉しい。
これは非常に重要な感覚だ。
さらに面白いのは、逆上がりを多少自慢しても、人はあまり不快にならないことである。
なぜなら、それは序列操作として認識されにくいからだ。
年収や学歴、仕事能力の自慢は、「自分のほうが上だ」という圧力を生みやすい。しかし逆上がりには、その脅威性がない。
「最近、逆上がりできるようになったんだよ」
と言われても、多くの人は不快にならない。
しかし本人はちゃんと嬉しい。
身体機能も回復している。
自己効力感も高まる。
それでいて他人を傷つけにくい。
これはかなり特殊な構造である。
ランニングや筋トレは、一見健康的に見えても、現代ではしばしば競争資本化している。距離、タイム、重量、体脂肪率。結局また「評価」のゲームが始まる。
しかし逆上がりには市場価値がない。
だから純粋に、「身体が機能した」という感覚だけが残る。
3.身体は承認より先にある
さらに面白いのは、「子供の頃に競争していたもの」である点だ。
縄跳び。
木登り。
一輪車。
竹馬。
スケボー。
これらには、身体記憶が宿っている。
子供時代、人間は役に立つから遊んでいたわけではない。ただ身体を動かし、環境に適応し、機能を磨いていた。
しかし現代人は、何をするにも意味や成果を求めるようになった。
その結果、「評価されること」だけが行動基準になってしまう。
だが、人間の身体は本来もっと自由だったはずだ。
逆上がりは、そのことを思い出させる。
誰も見ていない。
誰も評価しない。
それでも、自分の身体が少し動くようになると嬉しい。
中年に必要なのは、承認ではない。
まだ自分はちゃんと機能するという感覚なのだ。
参考文献
Buss, D. M. (2019). Evolutionary psychology: The new science of the mind (6th ed.). Routledge.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The “what” and “why” of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.
