見出し画像

営業じゃ売れない──FASという“技術の翻訳者”がいるからこそ、研究現場は動く

外資系の実験機器メーカーで働くようになってから、強く感じていることがある。

それは、「営業だけでは製品は売れない」という現実だ。

当たり前のようでいて、実はこの事実をしっかり受け止めている企業や営業担当者は意外と少ない。
なぜ売れないのか? なぜFAS(Field Application Scientist)のような専門職が必要なのか?
本稿では、実体験を交えながら、研究現場と企業の間にある「目に見えにくいギャップ」について掘り下げてみたい。


「スペック」や「価格」では動かない研究者たち

製品のスペックや価格は、営業資料やWebサイトを見ればだいたいわかる。
それでも研究者が企業の担当者を呼び、説明を求めるのはなぜだろうか。

それは研究者にとって、「この製品で自分の研究課題がどう解決できるのか?」という視点が重要だからだ。
そしてこの問いに対して、営業だけでは十分な回答ができないケースが多い。

たとえば、「このNGS装置は最大96検体を同時解析できます」と言われても、研究者が本当に気になるのは以下のようなことだ。

  • サンプル量が限られているが大丈夫か?

  • 特殊な抽出法でも使えるか?

  • データ品質は?バイアスは?

  • 希望する解析パイプラインに適応できるか?

これらは、単なる製品スペックだけでは答えられない技術的な問いだ。


文系出身の営業では、限界がある

外資系メーカーでは、営業職に文系出身者や代理店出身者が就くことが多い。
その中には、生命科学や実験に関する知識が浅いまま、NGS、qPCR、プロテオミクスといった高度な技術を営業している人も少なくない。

私はFASとして、こうした営業の“技術的なサポート”に頻繁に呼ばれる。
正直なところ、「えっ、これを一人で説明してたのか……?」と驚くこともある。

悪気があるわけではない。ただ、「実験をやったことがない人にとって、研究者の気持ちを汲むのは難しい」というだけだ。

とくに高度な実験機器になると、ユーザーが求めるのは信頼できる技術者の視点だ。
スペックや価格を語る営業と、研究現場の肌感覚を持つFAS。この両者が揃って初めて、商談は前に進む。


“FASが同席すると成約率が上がる”は事実か?

これはよく言われる話だが、実際に私も多くの場面でそれを実感してきた。

ある大学のラボで、研究者が「サンプル量が少なくて不安」「今使っているキットではノイズが多い」と話していた。
営業は「この装置なら高感度ですよ!」と答えたが、研究者の表情は曇ったままだった。

そこで私は、具体的なプロトコルの変更案、社内検証データ、前処理の工夫について話した。
結果、「そこまで考えてくれるなら信頼できる」と契約につながった。

FASがいることで、単なる製品説明が“提案”に変わる
これが、FASの最大の価値だ。


一方通行ではうまくいかない:営業とFASのギクシャク

理想は営業とFASがワンチームになること。
だが、現場ではそう簡単にいかないこともある。

とくに困るのは、“FASを巻き込まない営業”の存在だ。
「自分の案件は自分で完結させたい」「他人に頼るのが苦手」というタイプで、FASに相談せずに商談に突撃し、顧客の質問に答えられず撃沈──というのはよくある話だ。

FAS側にも課題はある。
多くは博士課程出身で、研究にどっぷり浸かってきた人たちだ。社会人としての経験は積んでいても、“雑談力”や“営業的な空気の読み方”は営業には及ばないこともある。

だからこそ、互いの得意不得意を認め合い、補い合える関係性が理想なのだ。


「一緒に勝つ」営業スタイルの好例

私が印象に残っているのは、ある営業との連携だった。
彼は代理店出身で、長年同じ大学のエリアを担当していた。そのため、研究者との関係がとても良好だった。

彼はFASの技術力をよく理解していて、「細かい話はFASに聞いてください」と自然にバトンを渡してくれた。
私も彼の顔を立てるように説明を工夫し、「○○さんから事前に聞いてます」と関係性を橋渡しした。

このコンビネーションが功を奏し、数百万単位の案件がスムーズに決まり、さらに研究者からは「今後も何かあれば相談したい」とのお言葉をいただいた。

「一緒に勝つ」。
これが、営業とFASの理想的な関係だ。


マニュアルにない問いに応えるFASの力

FASの仕事の核心は、「ユーザーガイドに書かれていない内容」に答えることだ。

  • サンプルがRNAではなくtotal nucleic acidでも大丈夫?

  • 96サンプルじゃなくて93サンプルだけで流しても問題ない?

こうした、研究者ならではの“例外だらけ”の質問に対して、FASは自分の経験・文献・社内情報を駆使して対応する。
そしてその「できる/できない」だけでなく、**「なぜその判断なのか」「どうすれば代替できるか」**まで説明する。

これこそが、営業にはできない、FASにしかできない価値だ。


FASは「売る人」ではないが、「売れる状況をつくる人」だ

FASは営業のように数字を持つわけではない。
しかし、FASの技術的信頼がなければ、そもそも商談が進まない。

営業がユーザーと信頼関係を築き、FASが技術的な不安を払拭する。
この2つが揃って初めて、顧客は「買おう」と決断できる。

営業だけじゃ売れない。
でも、FASだけでも売れない。
だからこそ、両者が“二人三脚”で動くことが、企業にとっても顧客にとっても最善なのだ。


おわりに:FASの存在はもっと知られていい

FASは、まだまだ認知の低い職種だ。

一見すると「技術サポート」だが、その実態は、営業と研究者の間を埋める“翻訳者”であり、課題解決型のコンサルタントだ。
その価値がもっと社内外で理解されれば、営業はもっと動きやすくなり、顧客満足度も高まる。

そして何より、研究者の挑戦を「できるかも」に変えるための重要な存在だと、私は信じている。

いいなと思ったら応援しよう!