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「休む」は勇気と決断力がいる、大変な手段。

「辛いなら休めばいい」ってよく言われるけれど、休めるんならもうとっくに休んでるよって思うのです。

嫌なら会社辞めたらいい。学校なんか行かなきゃいい。
家事を外注すればいい。子どもを預けたらいい。

でも、その決断をして、後処理をして、休んだあとも日常が続いていくのは、その辛い思いをしている本人だったりする。

当たり前だけど、誰も責任なんか取っちゃくれない。

だから、たとえその日休んでも。
仕事が滞るだけ。学校に行かなきゃいけないプレッシャーが高まっていくだけ。家事や育児はずっとずっと続いていく。

本人はそれがわかっているから、簡単に休もうなんて思えないのだ。
休んで、何かが解決して、自分が回復して、新しい自分ですべてやり直せるなら、いくらでも休む。

そうはならないだろうと思うから、休めずに続けてしまうのだ。

「休む」と言うのは、とても勇気と決断力が必要とされるのだ。


だからなに、ってことじゃない。
だけど「休めばいいよ」と気安く言わない方がいいなと思ったのだ。ぼく自身、本当に辛いときに「休めばいいよ」なんて言ってもらいたいとは思わない。

SNSなんかでよくコメント欄に「休めばいいよ」「休んで下さい」と書いているのを見かける。そして、それを目にする度に「休めるのなら、休むんだろうな」とひねくれた感想を持ってしまうのだ。

その言葉を言えるのはきっと、代わりになれる人だけなのだ。

「後のことはやっておくから、休んでいいよ」と。

ともに責任を担えるのでなければ、本当に辛そうな人に「休めばいい」とは言えない。


「休む」は本当に最後の手段だ。自分が壊れてしまう前に休まねばならないけれど、簡単に選択できる手段でもない。

「休む」を、あたかも簡単に色んなことを解決してくれるかのような使い方はしないようにしたい。

なんて思ってしまうのは、きっと疲れているからなんだろうな。

では、また明日。

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