「親なんだから、子どもには常に優しく接していなければならない圧」はキツイねって話。
今の時代、「親」であるというのは本当に大変なことだと思う。
共働きでキャリアを築くのが難しいのに、片働きで子育てができるほど好景気でもない。
女性活躍を進めつつも、キラキラ輝いているのは家事も育児も仕事も勉強もバリバリこなせちゃうような人、起業して稼ぎまくっちゃうような人をロールモデルに据えているんだから現実味がわかない。
いざ男性も家事だ、育児だと言いながらも働き方はなかなか変わらない。コロナ禍でせっかく根付きつつあったリモートワークも、徐々に元通りになりつつあるという。
そもそも、リモートワークだったら子育てとの両立ができるかというと、子どもがいたら仕事にならないのだから、そうともいいれないのだけど。
そんな親大変な中でも「親なんだから、子どもには常に優しく接していなければならない圧」も、なかなか強いのではないだろうか。
▶ 誰もが「毒親」になりたくない時代
「毒親」という言葉が広まって、世間には「ヤバい親」がたしかにいることが認知されてきた。
思い返せば自分の親も、今で言う「毒親」だった。そんな人だってたくさんいます。
同時に「怒らない育児」「叩かない育児」も広まってきました。
肉体的、精神的な「暴力」によらない子育ては、とても大事で、暴力を使わずとも子どもを叱ることはできる。そうした方法が広まるのは素敵なことだなと思います。
ただ一方で、親は子どもに対して「聖人君子」であることを、無意識に過してはいないかなと思うのです。
毒親になりたくない。それはきっと誰だって思うことで。
でも、毒親にならないが、イコール「子どものことは何でも許し、丁寧に適切なフィードバックができる親」だとしたら、ちょっとシンドイなって思うのです。
▶ 育児は、子どもの協力だって必要なんだ
ツイッターで、「子育てに疲れた」「子どもに切れてしまった」というつぶやきをよく見かけるようになった気がします。
疲れた。子にぶちぎれてしまった。子供を預けられる施設があること。お母さんはもうお世話するのに限界だということ。お母さんも人間だから我慢するのには限界がることを泣きながら話してしまった。本当に心底母親向いてない。今、生む前の私に会えるとしたら子ども生まないこを全力でオススメする
— もも (@ry9j2rwF5hpfXcy) July 5, 2022
このツイートも、そんな中のひとつ。
育児って、共同作業です。
夫婦はもちろん、親戚や地域や様々な子育て支援。
でも、じつは子育てにおいて一番の協力者は、誰あろう育児される子ども自身。
子どもが成長してきて育児が楽になるのは、子どもが育児の(自立)協力者になっていくから。
自分のことを自分でやるようになったり、放って置いても本を読んだりして勝手に過ごしてくれていたり、家事や兄弟の面倒を見てくれるようになったり。
なんにもできなくて、全部に手がかかっていた状態が、こうして育児の協力をしてくれるようになることで、親は少しずつ楽になっていける。
でも、その子の特性などで、それがなかなかできないケースだってある。
子どもが育児の協力者になってくれない。それは親にとって本当に大変なことだろうと思うのです。
▶ 子どもに弱音をはいてもいいんじゃないかな
「親なんだから、子どものことは全部受け入れてあげなくちゃ」は、なかなかシンドイ。
親だって人間。「もう無理」って思うことなんて、山程ある。
そうしたとき。その気持ちを、(子どもには理由の解らない)八つ当たりでぶつけるのは、子どもにとっても災難だし、親だって後で罪悪感にかられてしまう。
けど素直に「ママ/パパも、ちょっとシンドイ」は子どもに直接伝えてもいいと思う。
「君が自立することは、パパやママにとっても、すごく助けになることなんだ」
子育ての協力者に、子ども自身にもなってほしい。
親がそう思っていることを、子どもだってちゃんと知っておいたほうがいいなと思うのです。
子どもにとって親は、甘えられる存在だし、ワガママを言いたい放題で、何だかんだで最終的は許してくれる相手かもしれない。
けど、それって実は結構な努力の上に成り立っている。親だから何でも許し、受け入れられるわけじゃない。
たしかに最後の最後は、「親だから」で受け入れるかもしれない。でもそれはあくまでも「最後の最後」であって、それがいつでもどこでも当たり前ってわけではない。
親子だって、人間関係。
助け合いの関係ってのは、必要なんだろうと思うのです。
では、また明日。
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