なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない
大海原に放り出された小舟たち。
それがカウンセリングルームのベランダから見える社会の風景です。
ならば、心理士としては、次のように問わねばなりません。
小舟はいかにして方向を見出し、いかにして航海をしていくのか。
言い換えるなら、この自由で過酷な社会を「いかに生きるか」。
「何処にか舟泊すらむ安礼の埼榜廻みいきし棚無し小舟」(いづくにか ふなはてすらむ あれのさき こぎたみいきし たななしおぶね)。
(いまごろは何処に船を泊めているだろう、安礼の崎をめぐって行ったあの棚無し小舟は…)
現代の僕たちは、万葉集で高市連黒人が詠んだ“夜の棚なし小舟”に乗り込んでしまったようです。
積読していた東畑開人氏の『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』を開くと、前書きに「小舟」の一節を目にした。
気づいたら大海原に…ひとり小舟でぷかぷか浮かぶ僕たち、そんな僕たちを補助船が案内してくれる。
最近、高市連黒人の歌と見事に重なって、読み進めています。
カウンセラーである著者が、ユング心理学の「夜の航海」をベースにわかりやすくストーリー仕立てで「僕たちの夜の航海」をサポートしてくれます。
航海のサポートは二つ
「こころの処方箋」と「こころの補助線」「箋」「線」と「船」をかけてる!
まず、よかれと思っていた“こころの処方箋”が毒になる場合もあると、気づかされました。
ここで言う“こころの処方箋”とは「生き方本」とか「セルフヘルプ本」「自己啓発本」のことです。
処方箋は確かに、灯台のように行き先を照らしてくれます。
ただ、ポジティブな言葉をそのまま受け入れてしまうと「がむしゃら」になってしまったり。ネガテイブを受け入れ過ぎて、事態が悪化したりします。
僕の過去の決断と行動を思い返すと、誰に相談するわけではなく、ポジティブシンキングで失敗。反省しながら「自己啓発本」を読んで、また失敗。そんな事を繰り返し自分を追い込んでいた事を思い出しました。
“こころの処方箋”(自己啓発)を否定しているわけではなく。どうやら僕には“こころの補助線”が足りなかったのですね。
著者は“こころの処方箋”は灯台で行き先を照らし、“こころの補助線”は“近くを照らす”と言っています。
複雑なこころに補助線を引いて、複雑なこころを「わける」すると絡まり合ったこころが「わかる」わけです。
この線の引き方がカウンセラーの腕の見せ所ですね!
”補助線“を引くことによって、自分の中にどういう思いがあって、自分がどう葛藤しているのかが見えてくる。そんな補助線をどうやって引けばいいのか知るわけもなく読み進めます。
本書の中では六本の補助線をの事例を挙げながら説明してくれています。
「馬とジョッキー」
「愛することと働く事」
「シェアとナイショ」
「スッキリとモヤモヤ」
「ポジティブとネガテイブ」
「純粋と不純」
六本の補助線が章立てです。
こころに補助線を引くと「馬とジョッキー」が現れる。
コントロールする側(ジョッキー)と衝動に突きうごされる側(馬)
ジョッキー推しで行くのか、馬推しで行くのかそれとも…
「愛すことと働くこと」
深層心理学者のフロイトは、僕らの人生を真っ二つにすると「働くこと」と「愛すること」が現れると言っているそうです。
「言わんとしている事は何となくわかるか…」と思いつつ、読み進めると…
ずっとモヤモヤしていた事を言葉にしてくれていました。
「働くこと」のやり方を「愛すること」に持ち込むと、「愛すること」は台無しになってしまう、「愛すること」が飲み込まれてしまう。と著者は記しています。
実際のクライエントをモデルにした二人のキャラクター、ミキさんとタツヤさん
外資系コンサル企業の優秀なミキさんはPDCAサイクルを使いこなし仕事をこなし、他者に対しての気遣いも勿論怠らない女性です。私生活もPDCAサイクルで“質の向上”を
はかる、そんな彼女が不眠の相談でおとづれます。
生活にまでPDCAサイクルを持ち込むことによって、「働くこと」が「愛すること」を飲み込んでこんで行きます。
なんらかの目的があって、それを達成するために「する」。これが「働くこと」。
「愛すること」の本質は、何かを「する」事ではなく、何かと共に「いる」ことにある。
僕たちの生きているこの世界は
趣味は自己投資
食事は人脈を広げる為
学校は自分の商品価値を上げる為
と定義づけされ、仕事の役に立つかどうか?“効率的”や“合理的”や“最適化”“生産性”に支配され、お金に繋がらないことは無価値のようにみえてくる…
「愛すること」が飲み込まれてしまうというのは、この仕事に繋げる価値観が「愛すること」に影響を与えてしまうのです。
そして、「愛すること」の本質「いる」を守る為に、話は「人とのつながり」のテーマ「シェアとナイショ」へと続きます
こんな感じでページをめくって行くと「前に進もう」「やればできる」の処方箋の本とは違って、著者のこれまでの臨床経験を元に作った物語、その主人公たちの複雑なこころを補助線を使ってカウンセリングしていくうちに、僕もカウンセリングされていました。
(もっと若い時に読みたかったです)
処方箋に疲れた方にオススメです。
