「吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日」

こうの史代さんが描いた表紙がとてもイイ。

大正時代、親の借金のために、吉原遊郭に身売りされた19歳の女子・森光子の日記(現代語訳)。

彼女は、啄木を愛読するなど文学が好きだったので、“花魁・春駒”として男客を相手に過ごした地獄の日々を詳細に綴った。

初版は1926(大正15)年に刊行された。

表紙絵とは違って、まだ世の中を知らない19歳の女子が、顔見せから水揚げ、客を取るようになるまで、自分の置かれた境遇を、鋭い筆致でもって忌憚なく綴る。

「あの男!人が生死の際にさまよって、苦しんでいるものを、甘言を持って騙し、処女の純潔を、鼻紙でも踏みにじるようにして、自己の獣欲を充たしたその男!それ等のものは、あわれむべきものの生血をすすって、お金を儲けようとする楼主と同様に、極悪非道の人間共でなくて何であろう。自分はこの一週間、苦しみ通しだった。考えるに疲れては、卒倒しそうになった事がいく度か。死のう、死のうと決心しては、遺書をどれほど書いたことか…死ぬものか!どうしてこのまま死なれよう。復讐の第一歩として、人知れず日記を書こう。それは今の慰めの唯一であると共に、また彼等への復讐の宣言である」。

吉原遊郭の、様々な客の様子からお金の流れ、管理するオバさんや番頭の説教、客の取り合い、良い客と嫌な客、客とのケンカ、嫉妬する花魁同士のケンカ、花魁根性、客に惚れることの顛末、身売りの相談…等、事細かに綴っており、“恨み節”の壮絶な記録文学である。当時は問題とされたのか、伏せ字部分も多い。

光子は、「同じ人間に生まれながら、なぜ私たちだけが…。ほんとに世の中の敗残者!死より他に道はないのか。私は涙を抑えることができなかった」と、全編に渡って理不尽な境遇を告発しつつも強く生きて、最後には、好きだった歌人・柳原白蓮の家に駆け込んで助けを求め、足抜け・自由廃業に成功する。


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TOMOKI 脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。