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国際平和を祈る陛下に中心帰一を!国連中心主義を採用せよ――【逐条解説】正統憲法復原・改正草案 第一章 天皇

 正統憲法復原・改正草案第一章の逐条解説です。
 草案全体はこちらをご覧ください。



第1条 【国制】

第1条 大日本帝国は日本国民統合の象徴である天皇がこれを統治し治教する。

「象徴天皇」に変更なし

 この草案は『大日本帝国憲法』の復原・改正草案なので、戦前回帰を目指していると言う誤解を招く可能性がありますが、『大日本帝国憲法』の復原・改正の手続きを踏むのは、あくまでも立憲主義・法治主義を維持するためです。天皇陛下が国民統合の象徴であるという『日本国憲法』の規定自体は、我が国の國體に反するものでは無く、強いて排除する必要はありません。
 また、ここでいう「統治」と「治教」も、本章を読むだけでも明白なように、天皇陛下による恣意的な権力行使を意味するものではありません。
 むしろ『日本国憲法』の「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴(the symbol of the State and of the unity of the people)」の「日本国の象徴であり(the symbol of the State)」の部分を削ったことには、天皇が国家権力の象徴であるという誤解を防ぐようにし、国家権力側による天皇の政治利用を防ぐ趣旨があります。その趣旨は他の各条項において具体化され、オリンピック誘致や主権回復の日の式典をはじめ数多く行われた政府による天皇の政治利用は出来ない仕組みとしています。

統治と治教の区別

 ここでいう「統治」は現行の国事行為に該当するものを指し、「治教」は宮中祭祀や公的行為に該当するものを指します。
 『大日本帝国憲法』においても「宮中と府中の分離」という原則があり、宮中と政府とは分離されていました。しかし、それがしばしば不完全であったことから第一次護憲運動(大正政変)等を招きました。
 『日本国憲法』においては天皇は国事行為「のみ」を行う、とされました。そして明らかに公的な性格を持つ宮中祭祀は私的行為だから合憲であるとされました。さらに現実には、私的行為とは到底言えない、全国行幸や国賓接受等の公的行為も数多く行われています。
 公的行為については、完全に違憲とする見解は少ないものの、日本共産党のようにほぼ全面的な縮小を求める立場もあり、逆に、政府見解のように「内閣が責任を持つから問題ない」という立場もあります。前者の解釈だと天皇陛下が実質的に国民統合の象徴としての活動を行えなくなることが危惧され、後者の解釈だと政府が恣意に天皇陛下を利用できるようになってしまうことが危惧されます。どちらの解釈も「日本国民統合の象徴」を政府の統制下においてしまうという点では一緒であり、象徴天皇制というよりも傀儡天皇制というべきものです。
 この草案では、統治と治教とを明確に区別し、本章をはじめ憲法草案全体を見ていただければわかるように、治教の部分に内閣が関与することを避けるようにしました。
 なお「治教」という概念自体は「大教宣布の詔」が初出ですが、まだ立憲主義が確立していない時期と現代とではニュアンスに違いがあります。この憲法草案では現代にあった形で「治教」の概念を具体化しています。

第2条 【皇室の自主団体性】

第2条 皇室は、皇室典範を最高規範とし、大日本帝国より独立しかつ大日本帝国と一体である。

自主団体と二元憲法制

 本来『大日本帝国憲法』と正統『皇室典範』はどちらも対等な憲法典であり、『大日本帝国憲法』の改正によって『皇室典範』を変更することはできません。これを二元憲法制又は典憲二元体制と言います。
 しかし『日本国憲法』は『大日本帝国憲法』の改正という形式を(不十分ながらも、政府見解では)とりながらも、『皇室典範』を廃止して下位の法律としました。これは言うまでもなく違憲・無効の行為であり、立憲主義・法治主義を維持する立場からはこのような非法は許されないというのが、正統憲法復原・改正論の大前提ですから、この草案も二元憲法制を採用しています。
 なお筧克彦先生は皇室を国家同様の自主団体であるとしていました。自主団体は必ずしも独立国では無く連邦構成国やマルタ騎士団等も含まれますが、『皇室典範』を皇室という別個の自主団体とすれば確かに二元憲法制の説明はしやすくなります。しかしながら、皇室の自主団体性を強調しすぎると皇室が主権国家のような独立国(ヴァチカンのように)と言う誤解を招きかねないので、「大日本帝国より独立しかつ大日本帝国と一体である」としました(第140条も参照)。

皇位継承は完全に皇室の意思で

 『大日本帝国憲法』の復原・改正においては、その瑕疵のある部分は治癒する必要があります。『大日本帝国憲法』では第2条で「皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」としましたが、男系男子という限定を憲法ですることは二元憲法制を危うくするものです。
 もちろん国会での政治的駆け引きで皇位継承問題に関与することを防げない『日本国憲法』の内容も「国民統合の象徴」の政治的中立性を損ないかねないもので論外です。
 この草案ではこうした憲法上の縛りをすべて無くしました。

第3条 【天皇の無答責】

第3条 天皇の統治に関する行為は内閣が責任を負い、天皇の治教に関する行為には治教院が責任を負う。

「天皇主権」の誤解を防ぐ

 この第3条の趣旨は、天皇陛下の行為についてそれぞれ内閣と治教院が責任を負う、といういわゆる「君主無答責」の規定を定めたものです。
 『大日本帝国憲法』下では天皇主権説と天皇機関説の対立がありましたが、憲法学界では美濃部達吉先生の天皇機関説が有力でした。しかし戦前のような「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という文言であると、確かに天皇主権のような誤解を与えてしまいかねません。
 これについては、天皇機関説と同じく国家法人説に立つ筧克彦先生も第3条を「不要な規定」である旨、述べておられました。この規定もそれを踏まえています。

国家元首の「無責任」強調は誤解を招く恐れ

 筧克彦先生は「天皇陛下は責任を取られないわけではない、皇国では天皇陛下が責任を取られることが最高の産霊の働きとなる」という旨のことを言われていましたが、現代に至るとそもそも国家元首があらゆる面で責任を負わないことの是非が議論の対象となってきました。
 天皇陛下が「神聖」だから責任を負わない、等と書くと陛下が憲法を無視してもだれも責任をとれないのか、等と言う誤解を招きかねません。ここでは内閣や治教院がそれぞれ責任を負うことを明確にしました。
 公的行為での責任先が明確になっているのは、『日本国憲法』以上にだれが責任を負うべきかということが明瞭になったといえます。

第4条 【立憲君主制】

第4条 天皇は国の元首であり、憲法及び法律に基づいて統治及び治教の大権を総攬する。

天皇機関説を確定

 第4条の「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」は戦前から天皇機関説の最大の論拠でしたが、さらに「憲法及び法律に基づいて」と書くことにより、天皇主権説が成り立つ余地を排除しました。

輔翼と服従は異なる

 戦前も筧克彦先生は「臣民の輔翼の義務は絶対だが、服従の義務は絶対ではない、天皇への服従の義務はあくまでも法律の範囲内である」という旨、述べられていました。実際、戦前において天皇陛下が法律を無視して権力行使をしたようなことはありません。
 況してや現代においては法治主義について明確にする必要があります。
 なお、天皇陛下を元首とすると言う一節から、元首ならば実権があるはずという頓珍漢なことを言う人がいます。立憲主義の国においては、そもそも君主にせよ大統領にせよ、国家元首は法律に従って行動します。天皇陛下が元首では無いという極端な解釈は、多くの立憲君主制の国の実態を意図的に無視した政治的プロパガンダであり、真摯な学問的議論であるとは言えません。

第5条 【立法大権】

第5条 天皇は帝国議会の協賛により立法権を行使する。

立法権の所属は形式的なもの

 『日本国憲法』にはない条項で『大日本帝国憲法』第5条をそのまま継承した条文ですが、第6条の「天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス」を全面的に改正して、天皇による法律の裁可が無くなっているので、ここでいう「立法権」は形式的なものにとどまり、天皇陛下が恣意的に立法をする余地は無くなっています。
 なのでこの条文を根拠に「天皇主権」や「戦前回帰」と言った主張をする人がいれば、それはこの草案全体の内容を無視した解釈であると言わざるをえません。

実務上は戦前から議会優位

 なお第6条に天皇陛下による法律の裁可が明記されていた戦前ですが、その裁可には帝国議会において可決した法案を裁可しない権限も含まれていたものの、天皇陛下がその権限を行使したことはありませんでした。
 『大日本帝国憲法』は他の立憲君主制の国と比べて天皇陛下の大権が幅広く認められていましたが、その運用の実態は抑制的であり、本草案でもそうした歴史的事実を踏まえた改正を行っています。

第6条 【公布大権、認証大権】

第6条 天皇は憲法改正、法律、政令及び条約を公布する。
2 天皇は批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証する。

形式的な元首の職務を行う

 ここで示された公布や認証はあくまでも形式的なものであり、天皇陛下の恣意が働く余地はありません。
 しかし、いずれも国家の意思を示すとても大事な形式であり、天皇陛下が国家の自主表現人(国家元首)であることを形式面で明確にするものでもあります。

第7条 【議会大権】

第7条 天皇は、内閣の輔弼と同意により、帝国議会の召集並びにその開会、閉会、停会及び国需院の解散を命ずる。

『日本国憲法』よりも恣意性排除

 議会の招集や開会、閉会、解散等についての大権を定めていますが、これは内閣の輔弼(助言)と同意(承認)によって行われるものであり、『日本国憲法』第7条の第二号(国会召集)や第三号(衆議院解散)と全く同じ構図です。
 しかも、憲法草案全体では、通年国家の原則(第66条)や臨時国会召集の起源を二〇日以内とする(第67条)、国需院(今の衆議院)解散の要件を制限する(第58条)等、現在法的根拠も明確に内閣総理大臣の裁量で事実上行われている国事行為から内閣による恣意性をも排除するという、より国民統合の象徴である天皇陛下の政治的中立性を強化するものとなっています。

第8条 【緊急勅令大権】

第8条 天皇は、内閣の輔弼と同意により、国民の生命、自由及び幸福追求の権利を守るために緊急の必要があるときは、帝国議会閉会の場合において枢密院への諮詢を経て法律に代わるべき勅令を発する。
2 この勅令は、次の帝国議会の開会より六十日が経過した日又は再び帝国議会が閉会した日の内先に訪れる日までに帝国議会の協賛が得られなかった場合、その効力を失う。

内閣の超法規的措置を許さない

 第8条の帝国議会閉会中の緊急勅令の規定は戦前とほぼ同じですが、通年国家の原則(66条)があるため、事実上その適用可能性のある場面はかなり限られることとなります。
 それでもこの緊急事態条項を設けているのは、『日本国憲法』下でも行われている内閣による超実定法的措置(いわゆる超法規的措置)を阻止するためです。この点を明確にするために、戦前でも慣習的に行われていたものの省略されることのあった、緊急勅令発布の際の枢密院への諮詢を明記しました。枢密院は擁憲裁判所(憲法裁判所)を構成もしており(123条)、戦前も「憲法の番人」と呼ばれていました。
 なお、それでも緊急事態条項は不要だという人もいますが、自民党憲法草案の緊急事態条項や『大日本帝国憲法』の非常大権の規定とは異なり、この規定は憲法の内容を停止しうるものではありません。また、非常大権の規定は大東亜戦争の時ですら発動されていなかったものですので、この憲法草案では削除しています。

第9条 【独立命令大権】

第9条 天皇は、内閣の輔弼と同意により、法律を執行し又は国民の幸福追求の権利を守るために命令を発し又は発せさせる。この命令は憲法及び法律の範囲内で発せられ、法律を変更することは無い。

独立命令で行政効率化

 第9条は独立命令についての規定です。独立命令とはアメリカの大統領令のように、法律上に明文の根拠がなくても命令(ここでは勅令)を出せる規定です。
 ただし、ここでは法律を変更できないという規定を維持したことはもちろん、「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為」の「公共ノ安寧秩序ヲ保持」の部分を削除したことにより、あくまでも国民の幸福追求の権利を保障する目的の場合だけ可能ということにしています。
 例えば大型公共事業の実施について、今では国土強靭化ですら法律で定めてから行われていますが(しかもわざわざ法律を作った割にはショボく、些細なことのために法律を作っている有様)、それがもっと迅速にできるようになります。

第10条 【官制大権】

第10条 天皇は憲法及び法律の範囲内で官吏及び吏員を任命し認証する。

形式的な任命の範囲は拡大

 『日本国憲法』では天皇の任命権について、形式的なものとしておきながら、その形式的な任命すら内閣総理大臣と最高裁長官に限定していました。その結果、最高裁の長官以外の裁判官は内閣が直接任命し、しかも、下級裁判所の裁判官まで(形式的ではありますが)内閣が任命するという、逆に形式面だけ見ると三権分立が『大日本帝国憲法』よりも後退するという事態が発生するなどしました。
 本草案では、憲法や法律で厳格に恣意性が排除されたうえで、天皇陛下が任命権を行使するようにし、三権の権威が国民統合の象徴である天皇陛下から発せられるようにすることで、形式面でも三権分立が徹底されます。
 なお、裁判官の任命についても「第7章 司法」を見れば明白な通り、内閣の関与は無くなっています。

第11条 【統帥大権、文民統制】

第11条 天皇は、内閣及び元帥委員会の輔弼と同意により、法に基づく国際平和の実現並びに国民の生命、自由及び幸福追求の権利を守ることを目的として、国軍を統帥する。

厳格な文民統制下の統帥

 第13条や第135条で明記しているように、『大日本帝国憲法』の復原・改正をした後も侵略戦争や武力の行使を放棄するようにこの草案では定めています。しかしながら、そのことと軍隊の不保持は論理的に結びつきません(逆に戦争の放棄を憲法で明記していなくとも軍隊を保有していない国もあります)。
 自衛隊のような事実上の軍隊を「戦力ではない」として胡麻化しながら使い、その具体的な運用は法律で定めて海外派兵まで法律事項で認めてしまう、というのは仮に形式的には合憲であっても立憲主義の精神に反することです。また、そのような自衛隊のあり方をそのまま憲法に明記するという、今自民党が検討しているような形での改憲(加憲)も、要は「自衛隊は戦力ではない」「細かいことは法律で決めればよい」という立憲主義の精神に反することを憲法に明記してしまおうというものですから、立憲主義を徹底する目的で行われる正統憲法復原・改正の草案で採用することは論外です。
 また、文民統制といっても内閣だけでは好戦的な内閣が出現すると大変なことになります。過去には内閣総理大臣を自衛軍の最高指揮官と明記する形の憲法草案も存在しましたが、それは内閣が戦争を積極的に推進するのではないかという疑惑のある現代の憲法において、権力を制限するという趣旨に合いません。そこで、阿衡(第4章で詳述、選挙で選ばれる)や観察使(第13章で詳述、民選の州の首長)と言った、公選の役職者も軍令機関である元帥委員会に所属ることを明記し(138条)、内閣の一存だけで軍隊を動かせない上に軍令機関内部にも文民がいるという、きわめて厳格な文民統制を採用しました。

第12条 【編制大権】

第12条 天皇は、内閣の輔弼と同意により、憲法及び法律の範囲内で国軍の編制及び常備兵額を定める。

軍政の統帥大権からの分離を明記

 如何に憲法で侵略戦争を禁止しても信用できないという方もおられるでしょうから、軍隊の編制や予算と言った軍政は完全に内閣が軍隊から独立して決めるようにしました。このことは『大日本帝国憲法』でも行われていた運用ですが、『大日本帝国憲法』では軍政と軍令(統帥)が確かに別々の条項に記されてはいるものの、軍政の責任が内閣にあるとまでは明記されていなかったため、統帥権干犯問題が起きました。
 本草案では統帥権干犯問題の起きる余地は皆無です。

第13条 【宣戦大権、講和大権、集団的自衛権の否認、国際協調主義】

第13条 天皇は、内閣の輔弼と同意により、帝国議会及び枢密院の協賛を得て、侵略国に宣戦し交戦国と講和する。
2 ここにおける侵略国とは、国際紛争において次に掲げる行為の一以上を大日本帝国に対して行った国及び国際紛争において次に掲げる行為の一以上を先に平和愛好国に行ったことを理由として大日本帝国の加盟する国際安全保障機構より侵略国との認定を受けた国を指す。
一 宣戦又は実質的に開戦の意思を示す通告若しくは宣言。
二 武力の行使。
三 領土又は領海若しくはその接続水域の占拠。
四 現に侵略せる武装団への援助。
五 自国内における現に侵略せる武装団への援助に対する容認又は黙認。
3 ここにおける平和愛好国とは、次の全ての条件を満たす国を指す。
一 大日本帝国と安全保障上の同盟関係にある国又は侵略国では無い国。
二 大日本帝国の加盟する国際安全保障機構に加盟している国又は加盟の意思を大日本帝国に通告しておりその意思を大日本帝国が支持している国。
三 大日本帝国の領域の一部又は全部を自国の領域であると主張していない国。

集団的自衛権を含め今以上に「戦争放棄」

 宣戦布告の手続きを明記したことで戦後日本の「戦争の放棄」の国是の変更をすると曲解される恐れがありますが、ここでは侵略国の定義を明確にすることにより、集団的自衛権行使の余地をなくしました。
 従って、集団的自衛権行使を認めた第二次安倍内閣以降の日本と比べて、実質的にはより厳格な「戦争の放棄」をしていることになります。

国連中心主義で安全保障を

 集団的自衛権を制限してどうやって日本を守るのか、ということですが、小沢一郎先生も述べられている通り、国際安全保障(集団安全保障)を中心に安全保障政策を拘置するべきです。この草案では、日本に直接宣戦布告や攻撃をした国は当然侵略国となりますが、それだけでなく、他国に侵略した国も国際安全保障機構(現在は事実上国連のみ)が侵略国と認定すれば侵略国扱いされることになります。
 国連では侵略国かの認定は安保理が行うことになっており、安保理主導で湾岸戦争のように多国籍軍が編成された際には日本も参加することが望ましいです。一方、イラク戦争やベトナム戦争のように安保理決議なしでの戦争については、仮に同盟国のための集団的自衛権の行使であっても認めない、というのがこの草案の趣旨です。
 なお、安保理は常任理事国が拒否権を発動すれば無意味という意見もありますが、「平和のための結集決議」という常任理事国の拒否権を無効化する方法もある以上、集団的自衛権の拡大解釈によって平和を乱すリスクよりも国連中心主義のメリットの方が大きいといえます。

第14条 【戒厳大権】

第14条 天皇は、内閣の輔弼と同意により、戦争又は事変によって行政又は司法の執行が著しく困難で国民の生命、自由及び幸福追求の権利を保証できない時、事前に制定された法律に基き枢密院への諮詢を経て対象となる地域の観察使の同意を得て戒厳を発する。
2 戒厳の対象となる地域においては、観察使が元帥委員会の命令の範囲内で行政及び司法の権限を行使し国軍に執行させる。但し、侵略国又は侵略若しくは反乱せる武装組織に占拠され又は包囲された地域においては、元帥委員会は法律の定めるところにより観察使の権限を国軍の特定の人物に付与することが出来る。
3 戒厳の要件及び効力は第8条における勅令で定め又は変更することは出来ない。

緊急事態こそ地方分権を!

 本条も緊急事態条項の一種ですが、戒厳発動の要件を厳格化した上に、緊急事態において内閣の権限を強化するのではなく、戒厳の発動も執行もその州の民選の首長である観察使が関与するようにし、内閣による緊急事態条項濫用を防ぐようにしました。
 また第3項では、戦前に関東大震災等の際に行われた、戒厳令に基づかず緊急勅令によって行われた行政戒厳の禁止も定め、災害等を名目に緊急事態条項が乱用されることを防いでいます。
 緊急事態に中央では無く地方への権限を集中させ、軍隊さえ地方の首長の下での執行機関とするのは、そもそも戒厳が必要になるような緊急事態は一般により現場に近い方が的確な判断を下し得ると考えます。そのうえで、地方による暴走をも防ぐために、内閣の助言と同意も必須とし、観察使が暴走しそうならば元帥委員会が制限も出来るようにしています。もちろん元帥委員会に観察使が所属している(138条)以上、観察使への理不尽な制限も防げる設計になっています。

第15条 【栄典大権】

第15条 天皇は、治教院の輔弼と同意により、爵位、位階、勲章及びその他の栄典を授与する。

栄典の党派的中立性を確保

 戦前は栄典大権は事実上内閣の意向に左右されており、戦後は『日本国憲法』の下で決定権が誰にあるかは明記されていなかったものの、国事行為である性質上、内閣が事実上決定していました。そのため、栄典の政治的中立性が疑われるうえに、内閣が法律に基づかず政令で叙位や叙勲を決めるという状況が続いており、しかもその内容も「勲章は生前でも与えるが、位階は生前叙位は禁止で没後叙位のみ」というような、明確な合理性があるとは到底言えない基準で運用されています。
 本草案では内閣から独立した治教院(第10章参照)の輔弼と同意で行われるようにすることで、統治から栄典を切り離し、栄典を治教の一環とすることで、政治利用を防ぐことを可能にしています。

第16条 【恩赦大権】

第16条 天皇は、治教院の輔弼と同意により、大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を命ずる。

行政優位の排除

 恩赦は『日本国憲法』で明確に内閣の決定事項とされていますが、司法の決定を内閣が覆すのは三権分立の観点から瑕疵があるので、内閣から独立した治教院の輔弼と同意で行うこととしました。
 恩赦も元々は律令法において君主の徳を示すために行われていたものであり、本質的に統治では無く治教に属するものです。

第17条 【摂政】

第17条 皇室が摂政を置くときは、摂政は天皇の大権を行使する。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その大権を委任することができる。

現行制度そのままの内容

 摂政については、実質的には現行制度と全く同じですが、敢えて言うならば、①皇室典範の定めるところと明記せず憲法で皇室典範の内容に干渉する形式を避ける(実態は一緒)、②委任される「大権」には治教の大権の一環である宮中祭祀や公的行為が含まれる余地を入れる、と言ったところが違いとなります。


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