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144年ぶりに「女性宮家」が誕生!麻生家との距離が明確に

 令和7年(西暦2025年、皇暦2685年)9月30日、三笠宮家の当主に彬子女王殿下が就任されました。
 未亡人を除く皇族女性の宮家は144年ぶりのことで、自民党最高顧問麻生太郎衆議院議員の妹である寛仁親王妃信子殿下が名実ともに三笠宮家から離れることとなりました。

 宮家は法的概念ではありませんが、皇族の一般人でいう「世帯」に当たるものの通称です。
 女性宮家を「出生による女性皇族が当主の宮家」と定義した場合、淑子内親王殿下が当主であった桂宮家が唯一の例で、この桂宮家は明治14年(西暦1881年、皇暦2531年)に淑子内親王殿下の薨去に伴い一度廃絶しています。今回の三笠宮家は144年ぶりの女性宮家の誕生ということになります。
 三笠宮家の当主であった崇仁親王妃百合子殿下が薨去された際、寛仁親王妃信子殿下が三笠宮家の当主になることが確実視されていましたが、異例の史上二度目の「女性宮家」設立となりました。

 彬子女王殿下自身は父親の寛仁親王殿下同様、女系天皇には否定的な立場であることで知られ、その意味でも今回の決断は異例の事態と言えます。
 背景には信子殿下と皇室の間の距離感があることが確実視されています。
 既に彬子女王殿下は寛仁親王殿下や崇仁親王妃百合子殿下の葬儀の喪主を務めておられ、報道によると信子殿下は百合子殿下の葬儀への弔問を拒まれるなど、皇室内部で距離がありました。
 報道によると既に信子殿下は三笠宮家とは別居状態が続いているということです。
 信子殿下の兄が最高顧問である自民党はこれまで女性宮家にも女系天皇に繋がるとして否定的な見解を示してきました。今回は独身女性が当主ということで女系天皇の議論には直接の影響を与えませんが、令和元年(西暦2019年、皇暦2679年)の「譲位」の時をはじめ、皇室が独自の判断を公に示すことが増えてきているのは紛れもない事実です。
 我々臣民に求められるのは、皇室の意向を忖度していくことであると考えます。


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Hino Tomoki ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。 拙い記事ではありますが、宜しければサポートをよろしくお願いします。 いただいたサポートは「日本SRGM連盟」「日本アニマルライツ連盟」の運営や「生命尊重の社会実現」のための活動費とさせていただきます。