テクノロジーと身体性
今日は裏渋谷通り、通称”裏渋”にあるギャラリー・HECTAREにて、アーティスト/写真家・ 苅部太郎さんの個展「洞窟の解剖学」を見に行った。
Stable Diffusionを用いた画像生成のほか、顔認識AIなどを用いて作られた画像の数々を展示。普段、外に出て目にしたものを写真に収めるという活動をしている自分にとって、生成された画像を「写真」として捉える感覚は新鮮だった。

しかし、日進月歩でモデルの進化を遂げるAIにとって、生成されるコンテンツはまさに「現時点のAIだからこそ出力されるもの」だ。言うなれば、それは写真を趣味や生業としている人間が、その場で出会った一瞬を1枚の画に収めることと変わらない。
そう考えると、すさまじいスピードで進化するAIの「今」を切り取るということは、この時代の僕たちにしかできない刺激的な行為だと感じた。

会場では、苅部さんの作品集「Typical World」の造本を手がけた造本家・町口覚さんと苅部さんの対談が15時から開催された。
Typicalとは「典型的な」を意味する英単語であり、作品集にはTypical Love(典型的な愛)、Typical house(典型的な家)など、シンプルなプロンプトで現時点のAIが出力する作品が並ぶ。
町口さんは対談のなか、常に「身体性とテクノロジー」という言葉を連呼していた。対談中も、家に着いてからも、この言葉について考える。

自分もまだうまく咀嚼できていないけれど、AIは決して放置するだけで何でも作り出せる万能器ではないということなのだと思う。出力の手がかりとなるプロンプトも、それを生み出すための経験や行動も、人間が必要となるからだ。
苅部さんの創作活動は、人間からの指示によりAIが作品を生み出し、それに人間がまた意味を付け加えていくという、双方の循環が生まれている。それが今後、どう変わっていくのか楽しみだし、僕自身も、自分の作品や頭の中の想いをAIに乗せて、今まで考えもしなかった創作を楽しみたいと思えた。

