②休職した日
僕が休職した日は、人生が止まった日ではありません。
人生が、ようやく僕に追いついた日でした。
その朝、玄関に立って、靴を履こうとしました。
でも、手が動きませんでした。
昨日も会社の前まで行って、引き返しています。
「今日は行かなきゃ。」
そう思えば思うほど、体は固まっていきました。
玄関のドアに手をかける。
冷たい感触が、やけにはっきり伝わってきました。
その瞬間、自分でも気づいていなかった本音が、胸の奥から静かに浮かんできました。
「もう無理だ。」
誰かに言われたわけではありません。
怒られたわけでもありません。
ただ、自分の心と体が、同じタイミングで立ち止まってしまったのです。
立っているだけで涙がこぼれました。
理由なんて説明できませんでした。
悲しいのか、悔しいのか、不安なのか。
その全部だったのかもしれません。
僕は靴を脱いで、そのまま床に座り込みました。
あの日の僕は、本気で思いました。
「人生が終わった。」
働けない大人なんて、生きている意味がない。
社会から置いていかれた。
もう元には戻れない。
そんな言葉ばかりが頭の中を回っていました。
でも今なら、あの日の自分に伝えられます。
終わったんじゃない。
ずっと無理をしていた人生が、一度止まっただけだったんだ、と。
振り返れば、限界はもっと前から始まっていました。
人の顔色ばかり見ていたこと。
期待に応えようとし続けたこと。
疲れていても、「大丈夫です」と笑っていたこと。
家に帰ると何もできないのに、翌朝にはまた同じように出勤していたこと。
少しずつ、少しずつ、自分を置き去りにしていました。
だから、あの日だけが特別だったわけではありません。
あの日は、見て見ぬふりをしてきた疲れが、一気にあふれただけでした。
休職してからもしばらくは、毎日焦っていました。
働かなきゃ。
元に戻らなきゃ。
早く治さなきゃ。
でも、不思議なことに、「急がなきゃ」と思えば思うほど、心は苦しくなっていきました。
そんなある日、何気なくノートを開きました。
何を書こうと思ったわけでもありません。
ただ、「今日はしんどかった。」
その一行だけを書きました。
次の日も、また一行。
さらにその次の日も。
誰にも読まれない文章。
誰かを励ますためでもない文章。
ただ、自分が今日もここにいたことを確かめるためだけの文章でした。
今思えば、あれが僕のエッセイの始まりだったのかもしれません。
文章を書くことで、お金を稼ごうなんて考えていませんでした。
作家になりたいとも思っていませんでした。
ただ、書いている時間だけは、自分を責めなくて済んだ。
それだけでした。
休職した日は、人生の失敗ではありませんでした。
自分を守ることを、初めて許した日でした。
あの日がなければ、今こうして文章を書いて生きる僕はいません。
だから今は、少しだけ感謝しています。
あの朝、玄関で立ち止まった自分に。
「もう無理だ」と言ってくれた、自分の心に。
あの日から、僕の人生は終わったのではなく、静かに、生き直しが始まったのです。
つづく▼
