見出し画像

双子のテレパシー

双子を連れて歩いていると、道ゆく人から声をかけられることが多い。決まって「本当に似ている!」「親は見分けられるのか、取り違えないのか」と言われる。これに関しては、双子の親には、赤子の時から毎日識別してきたという一日の長がある。生まれたての頃は、見分けがつかないと一度不安になると一生『取り違えたかもしれない』という疑念が拭えなくなるため、常に足首に違うフルーツの着いたバンドを装着していた。そのかいあって、今では「似ているが、親から見ると全く違う」と自信を持って言うことにしている。むしろ、こんなに顔は違うのに、初めて見るとやはり似ているのだな、と毎回改めて思わされるくらいである。

次によく言われることが「双子にテレパシーはあるのか」という類の質問である。これには毎回答えに窮する。双子を間近で見続けてきた結論として、「なんだかそれらしきものがあるんじゃないか」と、思わされる瞬間がある。それは劇的な出来事ではない。同じタイミングで笑ったり、言葉がなくても相手の気持ちを知っているように見える、ふわっとしていて、説明できない。でも何か、二人の間でだけで通じているものがある。

今春、わが家の双子は小学校に入学した。そして、学童も学校のクラスも、別々に別れることになった。これまで常に一緒だったのに、初めて別々に離れることになったのだ。二人の『一緒』は、保育園や赤子時代どころではない。始まりは、まだ名前も顔もなかった、生まれ落ちる前まで遡る。

2人がこの世に生まれ落ちてから、めくるめく多忙な日々が駆け抜けて行ったのだが、双子とわかった瞬間というのは鮮明に覚えている。
妊娠検査薬で線が見えた後、産後に出される食事が素晴らしいと評判で4Dエコーができる産院に嬉々として赴いた。そこで先生がエコーを見ながら「ほら、ここ!このピクピク動いているのが心臓ですよ」と教えてくれた。これ以上ない決定的証拠に、夫婦とも「はぁ〜本当に動いている…」と、なんとも言えぬ感動を感じていたところで、「あれ?」「心臓が二つありそうだけど…」と先生の言葉が続いて途切れた。最も止めてほしいタイミングでの沈黙と、その先生の歯切れの悪さに、今まで味わっていた感動が波のように引いて、代わりに不安が押し寄せる。やがて二人目の医師がやってきて一緒に画面を確認する。そして「おめでとうございます。双子ちゃんですね。」と言いつつ、「ただ、非常に珍しい双子ちゃんで……」と診断名を告げる
妻は二人の医師の顔を交互に見ながら「あの、この産院で出産までお願いできますか?」と尋ねる。すると「いえ、それは難しいです。非常にハイリスクなため、すぐに大学病院に行ってください」という寂しい答えが返ってきた。この瞬間、産後に出される素晴らしい食事は幻となり、代わりに無事に産まれて来れるのかという不安が、一気に現実に流れ込んで来た。

「これは一絨毛膜一羊膜(いちじゅうもうまく・いちようまく)ですね」と、すぐに向かった大学病院の先生からも、同じ診断名を告げられる。告げられた双胎は、『すべての妊娠の数万分の一の発生確率』という大変珍しい状態であった。先生は、「99%以上の双子ちゃんでは、一人1つの袋の中で別々に育つんですけど、今回は双子ちゃんが1つの胎盤を共有し、かつ二人とも1つの袋の中に入って育っていますね」と言って、証拠と言わんばかりにエコー写真を印刷してくれた。そこには、二人仲良く一つの袋の中で隣り合っている、数センチしかないわが子が写っていた。親の不安など知る由もない二人は、せっせと細胞分裂に励んでいるのだ。

体長、数センチの頃。ザ・双子


今でも時々、二人の子たちを見て、「元は一つの細胞だったんだな」という不思議な思いに耽るときがある。一つの細胞が細胞分裂する過程で2つの細胞に分かれ、一つだった命が、途中で二つの命になった。そして、この子たちは、細胞の塊から心臓が創り出され動き出す時も、様々な臓器ができて人間を形作るときも、臍の緒から栄養をもらってすくすく成長するときも、子宮の中でボコボコと実に活発に動き回っていたときも、二人で押し合いへし合い、仲良く人と成った。一度、4Dエコーでお腹の中の二人を見た時は、一人の股の間からもう一人の顔が出てきていたし、しばらく観ているとくるっと回転して、相手の足を口に入れていた。この世に生まれ落ちる前から、何にも隔たれることなく、常に隣に、手ができる前から手が触れ合える距離にいたのだ。

しかし、その特別な近さゆえにハイリスクな妊娠であった。そのため先生は、早産になるリスクと、お腹の中にとどまり続けるリスクを天秤にかけて、一般的な週数より6週早く帝王切開で取り出された。生まれたばかりの子たちは、すべすべできめ細かく、しかし産毛はまだ生えていなくて、髪の毛も長上にちょろっと生えただけでなんだか宇宙人のようだった。目の前にいる赤子は、通常であればまだお腹の中にいるはずの、まさに胎児という感じだった。

生まれてからしばらくは、GCUという治療室の中のさらに厳重に囲われたゲージの中に入っていた。生まれる前から常に一緒にいた二人が、初めて物理的に隔たれていた。鼻や口に管が繋がれて、触ることもできず、ほとんどを寝て過ごす我が子たちの、息が止まってやいないか、ずっと胸の動きを注視していた。子らが呼吸を休むたびにそれを知らせるアラームがピコンピコンと鳴り、その音が鳴り響くGCUという場所は、常に生と死が隣り合わせである。毎日、GCUに入る時は、今日も生きている我が子に会えることが嬉しく、出る時は明日も生きて会えるか不安で仕方なかった。こんなにか弱い生き物は見たことないし、ちょっとの拍子で呼吸が止まるのではないかと一瞬も気が休まらなかった。そして毎日のほんの少しの前進が、とんでもなく嬉しかった。最初の2週間で鼻から管が取れたこと、哺乳瓶の蓋を口で包めたこと、哺乳瓶の蓋を吸う練習をして上手くすえたこと、数滴だけど初めてミルクを飲んだこと、初めて沐浴できたこと、小さな小さな色々なことで心底安心した。一歩ずつ生に近づいていると思った。
一月が経つ頃には、無事に退院することができた。車の後部座席に並んだチャイルドシートの中でスヤスヤ寝ている子らを見て、生きているだけでよかったと、全身で感じていた。

家に連れ帰って初めて二人を隣り合わせのベビー布団に寝かせると、ようやく双子らしく収まりが良い。1日のほぼ100%の時間、赤子の手でも伸ばせば届く距離に相方を感じながら二人はすくすくと成長し、一月も経つと、無事にムチムチボディ×2へ変貌をとげた。そして、2人の阿吽の呼吸は、この頃から垣間見られていた。最初は寝相がシンクロしていて偶然だと思っていたが、やがて寝返りやうんちのタイミングがピッタリ重なるようになった。

1歳になりたての時、つまり言葉はまだ話せず、互いの存在を初めて認識できるようになった頃。ある日、やっと座れるようになったムチムチMaxの二人が、リビングの床に色とりどりの積み木を広げて、その真ん中で小さな膝を突き合わて二人向かい合って座っていた。

私は、何やら楽しげな雰囲気を感じ取り、少し離れたところから観覧する。
二人の間には、積み上げられた積み木が立派なタワーを作っていた。そのタワーを挟んで、二人がじっと見つめ合っている。しばらく互いに見合った後、片方がおもむろに床のブロックを拾い上げて、そっと積み上げようとしている。それなりに積まれたタワーの上に積み木を乗せるのは慎重を期するようで、10秒以上をかけて積み木を乗せ、無事に積まれたのを確認して大変満足そうに「オァーー!」と歓声をあげる。すると、向かい合ってじっと固唾を飲んで見守っていた相方も、両手をパッと高く突き上げて「オァーー!」と応える。
今度は相方がタワーに向き直って、積み木を積んでいく。そして、もうひとりが両手をあげて歓声をあげる。
2人は嬉しくて嬉しくて、むちむちの両手をばちばち鳴らしている。全身から嬉しさが溢れ、手を打ちつけてそのエネルギーを消費しているという感じだ。

・・・尊い!と、私は声をかけることも忘れ、ただその輪の外から眺めていた。言葉をまだ持たない彼らは、視線で、声のトーンで、小さな手の動きで、コミュニケーションを取っているようだった。 ひとりが笑えば、もうひとりもつられて笑っている。それは親であっても入り込めない、二人だけの世界があった。


2026年4月1日。学童の初日、二人は初めて別々のクラスで1日を過ごすことになった。生まれる前から六年間、だいたい半径五メートル以内に必ず居た相方が、いない生活である。親の方が心配していたが、当の本人たちは拍子抜けするほど普通に学校へ向かって行った。

「案外、あっさり離れていくものなんだな。」と思っていた矢先、昼頃、学童から一本の電話がかかってきた。悪い予感しかしない。
「お子さんが上級生と喧嘩になりまして・・」子どもの登校初日に聞きたくない電話、No1ではなかろうか。しかし話をよく聞いてみると、上級生に意地悪をされていた双子の相方を見かけたもう一人が、泣きながらその上級生に喰ってかかって、相方をかばったとのことだった。このパターンは保育園で何度もあった。片方が誰かと揉めると、もう片方が反射的に加勢して相手をみそっかすに言うのだ。

私は、双子のテレパシーとは、2人の間には言葉は必要なく、相手が何も言わなくても、「大丈夫じゃないな」と気づけること。嬉しいことがあれば、自分のことのように一緒に笑えること、ではないかと思う。それは、相方が何か感じた時に身体から漏れ出るシグナルを、もう一方が五感のすべてで認識して成立しているコミュニケーションではないだろうか。そのシグナルは、表情や声のトーンといった分かりやすいものだけではなく、鼻をすする小さな音、声にならない声、視線や身体のちょっとした傾きなど、僅かなシグナルをも無意識のうちに正確に受け取っているのだ。そのシグナルを受け取ると、相方の気持ちを、自分が感じたように感じるのかもしれない。それは同化とも言え、そこには以心伝心の回路が存在している。そしてこれは、生まれ落ちる前から、隣り合って人と成った二人だからこそ育まれた回路と言える。

これから先、この子らは全く別の人生を歩んでゆく。けれど、誰よりも長く隣にいた相手であることは変わらない。手ができる前から手が届く距離にいた二人だからこそ、生まれた阿吽の意思疎通(テレパシー)を失わずに成長していってほしいと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集