出し切らない勇気が、次の一打を軽くする
『余力を残すことも、前に進む力になる』
すべてを出し切ることだけが、前進ではありません。
「またやりたい」と思えるところで終えることも、次へ進むための大切な力です。
夜の練習場、最後の一球への誘惑
仕事を終えて、練習場の駐車場に車を停める。
ドアを開けた瞬間、思っていた以上に体が重いことに気づきます。
それでも打席に立つと、あちらこちらから聞こえる「カンッ」という乾いた音に混ざって、自分も一球打ちたくなる。
蛍光灯に照らされたマット。
汗ばんだ手に残るグリップの感触。
隣の打席から気持ちのいい音が聞こえると、少しだけ張り合いたくなる自分もいます。
今日は調子がいい。
あと十球だけ。もう十球だけ。
そうして続けているうちに腕は重くなり、最後の数球はフォームも何もあったものではありません。
ボールが右へ左へ散らばっても、「もう一球だけ」とクラブを握ってしまう。
練習には、そんな不思議な誘惑があります。
「もっとできたのに」という声
ラウンドでも似たことが起こります。
18番ホールを終え、クラブハウスへ戻る道。
芝を踏む足の裏に疲れが残り、達成感と悔しさが胸の中で混ざり合う。
帰りの車では、こんな言葉が出てきます。
「あそこでミスがなければ」
「あのホールで無理をしなければ」
悔しさは、もう少しゴルフを楽しみたい気持ちの裏返しです。
決して悪いものではありません。
ただ、その悔しさを一日で全部取り返そうとすると、体だけでなく、心まで疲れてしまうことがあります。
私も、全部出し切ろうとしていました
私も以前は、練習は数をこなすほどいいと思い込んでいました。
腕が上がりにくくなるまでクラブを振り、「これだけ打ったのだから、きっと何か身についている」と自分を納得させていたのです。
けれど今振り返ると、球数にこだわるあまり、一球一球の質を落としていたのかもしれません。
コースでも同じでした。
谷越えを無理に狙い、ロングホールでは2オンを狙って力いっぱい振る。
18ホールをどう回るかよりも、目の前の一打で何かを証明しようとしていました。
そして、うまくいかないと、さらに力を使う。
余力がなくなるほど、考えるための余白まで失っていたのだと思います。
2オンを狙い続けたAさん
以前、レッスンに通ってくださっていたAさんが、こんな話をしてくれました。
「短いロングホールで、毎回OBを打つんです。ティーショットがうまくいっても、二打目でOB。それでも二オンを狙いたくなるんですよね」
無理をしなければ、大きく崩れずに上がれる。
Aさん自身も、それは分かっていました。
そこで私は、ピンから逆に考えてみることを提案しました。
「どこからパターを打ちたいか。その場所へ運ぶには、何番で打つと安心できるか。飛ばすだけではなく、攻略を考える楽しみ方もありますよ」
それからAさんは、届くかどうかだけでクラブを選ばなくなりました。
無理な二オンを減らすと、大叩きするホールも少なくなり、後日「スコアが安定してきました」と笑って話してくれました。
その表情は、飛ばしたとき以上に楽しそうに見えました。
余力は、考える力を残してくれる
『余力を残すことも、前に進む力になる』
これは、手を抜くという意味ではありません。
目の前の一打を疎かにしていいという話でもありません。
今日すべてを出し切るのではなく、次につながる状態で終える。
それもまた、立派な前進なのだと思います。
体力を使い切ると、考える力や感じる余裕まで少なくなります。
反対に、少し余力を残して練習場を出た日は、不思議とまたクラブを握りたくなるものです。
ゴルフの感覚には波があります。
今日一日ですべてを良くしようとするより、来週も来月もクラブを握れる状態でいること。
そのほうが遠回りに見えて、実は長く楽しむための近道なのかもしれません。
「もう少し打ちたい」で終えてみる
今日、練習場でもコースでも、「あと一球」「あともう少し」と思ったその瞬間に、一度だけ手を止めてみてほしい。
クラブをバッグに戻す、その動作を少しだけ早める。
それだけでいい。
全部出し切らずに終えた日は、なんとなく物足りなく感じるかもしれない。
でもその物足りなさこそが、どうすれば改善できるか考える余裕が残るかもしれません。
「もう少しやりたかった」で終える日を、一度試してみてほしい。
帰り道に
練習場の照明を消して外に出ると、夜風が少し涼しい。
汗ばんだシャツにその風が触れて、今日の疲れがゆっくりほどけていく感覚がある。
出し切らなかった今日は、たぶん明日への助走になっている。
あなたは最近、「もう少しやりたかった」と思えるところで、クラブを置けていますか?

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