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揺れる想い~わたしの祖母の物語⑫

実が二才になり、映画もだんだんトーキに変わってきました。

妾しが舞にでると、実がアーチャンアーチャンと泣きながら、もりをしてゐる妹の手をのがれて泣いてそばにくるのです。

母に「子供を泣かして迄舞台に出る事もないでせう、もうやめたら」といわれてやめました。

九月の十六日だと思ひます。

フイルムを盗みにはいった子供に火をつけられ、一家は丸焼けになり、一年ほど遊んで、実が三才の秋に、もとの場所に有楽座を立て営業を初めました。

とにかく、東北海道で映画を初めたのは父が初めてでした。

そして実が五才の時、父は釧路の人に劇場を買って、妾しにオボッチャンと云ふ喫茶店を買ってくれました。

浅田は有楽の支配人に残り、妾はキッサをやってゐるうち、友興につかってゐる遠縁に成る女と浅田が仲良くなり、子供が出来たいふさわぎになり、何もかもいやに成った妾しは、家をとびだして札幌の友達の所へ行きました。

たびたびの床屋の叔父からの電話で、帰るとちうで、すれちがう列車が有りました。

突然、妾の目の前に、〇〇さんが母からたのまれたので一緒に成る事の出来なかった、その人は自分より年上で女の子が一人ゐる人と一緒になったとの事です。

そして其の人は妾しに、わずらはしい生き方をやめて僕とから太ににげてほしい、學校の先生をしてもたべらして行くからにげてほしいといわれましたが、子どもの事が頭からはなれない妾にわ、思いきる事ができません。

浅田ときれいに別れてからと約束、野付牛に帰って見ると、女は釧路に行き、浅田はキッサを買った金で子供をつれて山口に帰った後でした。

実がきて小さな手をあわせて仏だんの前でなにかおがんで行ったと叔父にきかされた。妾はそのまゝたをれてしまい、きがつくと祖母が頭をきやしてくれて居ました。

それからの妾しは三味線のけいこ、あみものときをまぎらして居ました。

〇〇さんは日曜ことに遊びに来て、父とごをさして、帰りにわ映がを見て帰る様になりました。

母は二人を一緒にと思ってゐてくれます。

けれど妾しにはどうしやも有りません。

そんな日々を送るうちに浅田からの手紙で、実が病気してゐるのでもしもの事があればお前にはすまぬ、実はお前にわたすと有りました。

父母にたのむわけにもゆかず、指輪と時計を売った金を送りました。

一ケ月ほどたってデンポーがきて、妾はかくれて駅に行きますと、列車のついたとたんに実がころがるやうに降りてきてアーチンアーチンと泣いてすがりつきました。

顔一めんに飛火と云ふおできが出来てやせた小さなからだに、九月だと云ふのに、うすい半袖のシャツをきて居ました。

その時妾しは、もう死んで此の子をはなさない、もし死ななければない時は此の子をつれて思ひました。

浅田は妾しに降りるなと云われて、そのまゝ汽車で行きました。

家帰りにくい妾しは、床屋の祖父母の所へ行きましたが、そこにも子供が居るので実をつれ札幌に行きカフエーにはたらきにはいり、そこで二人で暮すようにしました。

別れて浅田は釧路に行き女と逢ったさうですが、子供はよそにくれ自分は二号になってゐたそうです。

おろかさをさとった浅田は、汽車の中から実あての手紙を北見の叔父によこしました。

それにわ「実、父さんは本当にばかだった、どうかゆるしておくれ」とだけ書いて有りました。


※ほぼ原文ママ。
※句読点は読みやすさを考慮して追加。
※写真はイメージ。


【登場人物】
妾し(幸子):この物語の主人公。T.Yamazakiの祖母
浅田民雄:幸子の夫でT.Yamazakiの祖父

実:幸子が昭和7年(1932年)に産んだ子供。T.Yamazakiの父

〇〇さん:おそらく⑦に登場する劇場二階正面の同じ場所にいた若い男

ノヱ(小野ノヱ):幸子の母。
楯身(楯身友蔵):幸子の養父。
ノブ(小野ノブ):幸子の祖母。
武士(小野武士):幸子の叔父、ノヱの弟。


トーキ:映像と音声が同期した映画。昔の活動写真に対して今のタイプ映画のことですね。参考:トーキー - Wikipedia

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