静かな絶望〜トランスジェンダーの僕の留置所生活7日目〜
2024年3月20日。
いつもと変わらない朝だった。
配膳されたのは、パンとブドウジュース。
しかし食欲は湧かず、手をつけることもできなかった。
飲み込むことさえ、なぜか億劫に感じた。
点呼の時間、看守が告げた。
「今日は祝日だから運動場には出られない。」
その一言が、思っていた以上に重く響いた。
自由のない空間で、「できない」が一つ増えるだけで、呼吸が少し苦しくなる。
朝から腹痛と下痢が続いていた。看守に伝えると、正露丸を3錠渡された。
「ここで飲んで。」
指示通り口に含むと、看守は無表情で「口を開けて」と言った。
喉の奥を確認し、頷く。
理由を尋ねると、隠しておいて後で重ねて服用する人がいるからだという。
少しだけ悲しくなった。
「信じる」という行為の重さをここでは考えてはいけないらしい。
看守たちは決して冷たくはなかった。
鉄格子越しに声をかければ、すぐに来てくれる。
その対応の速さに、かつて自分が看護師として病棟にいた頃のことを思い出した。
「ナースコールを押しても中々来ない」
何度もそう言われた。
自分が入院した時も、ボタンを押してから来るまでの数分が、とても長く感じた。
呼ばれてもすぐに行けない理由は知っている。
点滴交換、処置、他の患者の急変、検査のタイミング。
現場では優先順位がある。それでも、誰かが待っているという事実は、現場にいると見えなくなってしまうことがある。
「○○分後に来ます」と一言伝えるだけで、人は少し安心する。そういうことを、ここに来て改めて思い出した。
留置所は静かだと思われがちだが、実際はそうでもない。
全ての房が独房ではないため、六畳ほどの部屋に2〜3人で過ごす房もある。
暇を持て余した声が、薄い壁を通して聞こえてくる。
青森弁だろうか。
方言が混ざり、ところどころしか理解できない。
ここにいる人たちが皆、沈んだ顔をしているかといえば、そうでもない。
中には、自分のしたことを武勇伝のように語り合う人もいる。
笑い声が、鉄格子の間を通り抜けていく。
その軽やかさに、どこか痛みを感じた。
この空間に長くいると、不思議と諦めに似た気持ちが心に降りてくる。
狭さのせいか、自由のなさのせいか、それとも羞恥を押し殺して生きる環境のせいか。
どれも少しずつ重なり、「希望」よりも「現実」という名の重みだけが残る。
そして、その現実の中で、絶望という影がゆっくりと形を取っていく。
ふと、入口の鉄棒に刻まれた小さな文字が目に入った。
「ガンバレ」「ガンバル」
誰がいつ書いたのだろう。
消されずに残っているその文字を見つめると、この場所にも確かに“人間”がいたのだと感じた。
この鉄の世界でも、何かを信じ、立ち続けようとした誰かが。
ホルモン療法のことを看守に尋ねた。
「確認している」と言われ、病院との調整をしてくれているようだった。
その言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなった。
この場所にも“前向き”という言葉があるのかもしれないと思えた。
今日は取り調べがなかった。
ここに来て初めての「呼ばれない日」。
短い時間ではあったが、
精神的な緊張から解放され、久しぶりに深く息をつくことができた。
だが、午後になって突然、看守が房の前に現れた。
「出て。」
そう言われ、別室で手錠と腰縄をつけられた。
金属の冷たさが手首を締めつける。
やがて「鑑識」と名乗る人たちが現れ、
白い壁の前に立たされた。
全身、上半身、斜め、背中。
カメラのシャッター音が乾いた音で響く。
続いて、すべての指の指紋、そして手のひら。
淡々とした作業の中で、僕の“存在”が少しずつデータに変わっていく。
まるで、「お前はもうフツウの人間ではない」と突きつけられているようだった。静かな圧力が、心の奥をじわじわと締めつける。
この瞬間、僕は確かに感じた。
ここにいる限り、
僕は「誰か」ではなく、「番号」として扱われるのだと。
それが、どうしようもなく悲しかった。
