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沈黙の中の声〜トランスジェンダーの僕の留置所生活8日目〜

2024年3月21日。
午前6時半、いつものアナウンスが天井のスピーカーから流れる。
留置所の一日は、その音で始まる。
その瞬間、布団の温もりにすがるような余裕など許されない。
アナウンスが終わるとすぐに、点呼が始まるのだ。

僕は最後の方、48番として呼ばれる。
「48番」
「はい」
短く返事をする。
それが、今の僕の名前の代わりだった。
看守が「異常なし」と答える声が続く。
機械のような点呼。

点呼が終わると、看守が一つずつ房の鍵を開ける音が響く。
僕は畳んだ布団を抱えて倉庫まで運び、戻る途中で掃除道具一式(ちりとり、バケツ、ぞうきん)、トイレ掃除用のゴム手袋とブラシを受け取る。
3畳半ほどの狭い空間で黙々と掃除をする。
トイレの奥の方を拭きながら、自分が今どこにいるのかを改めて思い知らされる。

終わったら鉄格子越しに廊下へ向かって声を出す。
「◯室、掃除が終わりました。」
外から「はい」と返ってくると、房の鍵が開き、
廊下に掃除用具を出す。
全てが流れるように決められた手順。
5分ほどで一連の動作が終わる。

すぐに朝食がくる。
小窓から差し込まれるのはパンとジュースと水だけ。
ジュースにはストローがない。
切り口から直接口をつけると、甘みよりも人工的な香りが先に鼻を刺した。
パンの匂いも、食欲を呼び起こすものではなかった。
誰も10分もかけて食べたりしない。
5分あれば十分。
その後は、看守付き添いのもと洗面所へ。
冷たい水で顔を洗うと、ようやく「朝」を感じる。

これが、この場所での毎日の決められた日課。
自分の意志で房から出ることはできない。
鉄格子越しに看守を呼ぶか、向こうの判断で鍵が開く時だけ、わずかに檻から出ることが許される。
それでも、7時を過ぎれば一日の最初のルーティンは終わる。

今日の運動は、室内にある“運動場”と呼ばれる狭い空間で行われた。運動器具など何もない。ただのコンクリートの空間だ。
僕は他の男性収容者とは運動時間を別枠にしてもらっているから、話をするのは看守のみ。

僕は看守と少し話した。
久しぶりに、アクリル板越しではない誰かとの会話。
それだけで、ほんの少し救われた気がした。

留置所では看守とも必要最低限しか話さない。
だから声を出さない日が続くと、自分の声のトーンすら忘れてしまいそうになる。
自分の存在が、だんだん薄くなっていくような感覚。

8時半の点呼のあと、看守が言った。
「明日、ホルモン療法のために病院に行くことになった。」
その一言に胸が熱くなった。
環境の変化で体調が悪くなっていたから、ようやく体のことを考えてもらえたのが嬉しかった。
看守が、ホルモン剤を扱っている病院を何件も電話で問い合わせてくれたという。
青森ではホルモン剤を扱う病院が少ない中で、僕のために動いてくれた。
その事実だけで心が温まった。

朝、新聞を読んだ。
新聞は産経新聞のみ。
他の新聞社の新聞が読みたければ面会者に差し入れをしてもらうしか読む方法はない。
読んだ記事の中に、
否認している人たちは自白している人たちより、さまざまな嫌がらせを受けるという記事がたまたま載っていた。
それを読んだ瞬間、背筋が冷たくなった。
「自白すればよい待遇をします」そう書かれているように感じた。
この世界では、黙っていることさえ罪にされる。

9時過ぎ、Nさんが遠方から面会に来てくれた。
会った瞬間、涙がこみ上げそうになった。彼女の明るさと優しさに触れると、僕の中の何かがほぐれていく。
看守が見ている前でつい、弱音を吐いてしまった。けれど、面会時間は15分。
検察官が取り調べで呼んでいると告げられ、面会は途中で終わってしまった。

また手錠、腰縄。
外に出るため、手錠には布がかけられる。
看守が僕の肩にジャンバーをかけてくれた。
3月の空気はまだ冷たい。
車に乗り込み、検察庁へ向かう。

着くと待機室のような場所に入れられた。
しばらくして内線が鳴る。
呼ばれたようだ。
エレベーターに乗るとき、僕は壁の方を向いていなければならない。
到着した部屋の前で看守が小さく息を吐いた。
扉の向こうには、検察官が待っていた。

部屋は思っていたより広く、横には書記官の机。
カメラも設置されている。
検察官の顔を見た瞬間、「お前がやったんだろ」と書いてあるような表情だった。
何度も「おはようございます」と言われたが、返さなかった。
腰縄をつけたままパイプ椅子に座らされる。
そこに“対等”という空気はなかった。
「聞こえないんですか」と皮肉を言われた。何を聞かれても「答えたくありません」とだけ答えた。
そのたびに検察官の指が微かに震え、息が荒くなる。
焦りと苛立ちが伝わってくる。
僕の沈黙が、狂わせていくのが分かった。

質問は誘導的で、まるでシナリオができているみたいだった。
“被疑者”という立場に置かれた瞬間、何を言っても届かない世界になる。
カメラだって、部分的に使われ、都合のいい部分だけ切り取られるかもしれない。
それでも僕は、なぜか冷静だった。恐怖よりも、無力感のほうが勝っていた。

取り調べは1時間ほどで終わった。
供述調書にはサインをしなかった。
それが余計に検事の怒りを買ったのかもしれない。
部屋を出るとき、せめてもの礼儀として軽く頭を下げた。

再び待機室の房に戻され、車が迎えに来るまで待機。
手錠と腰縄のまま。
トイレに行きたかったが、我慢した。
房の中にあるトイレは見られそうな造りで、羞恥よりも恐怖のほうが勝っていた。
まるで捕らえられた動物のようだった。

車が検察庁につき、留置所に戻った。

13時半頃、看守が数枚の手紙が入った箱を房の前に持ってきた。
小窓が開き、「手紙が来てる」と渡してくれた。

未開封ではなく、看守がすべての手紙に目を通した後に僕の手元にくるから、封は開き手紙自体も既に外に出された状態で渡される。
看守に読まれた後でも、手紙がくること自体がすごく嬉しかった。
手紙は母親と友人からだった。

そこには、これから土日祝以外は毎日面会に行くことや誰が行くかのスケジュールなどが書かれていた。
手が震えて胸が熱くなる。それと同時にどう恩を返したらいいのか分からなかった。
涙が勝手にこぼれた。
「敵ばかりの場所で泣くものか」と思っていたのに。
看守に見られないように袖で慌てて拭った。

僕をまだ“人間”として覚えていてくれる。

感動の余韻に浸る間もなく、刑事の取り調べに呼ばれた。
また手錠。もう何回目だろう。
黙秘を貫く僕に、刑事は名前で呼びかけてきた。
「◯◯さん」
番号ではなく、名前。
たったそれだけで、一瞬嬉しくなってしまう自分が情けない。
でも、刑事にとっては返事をさせるための手段に過ぎない。
沈黙が続くと、刑事は指の関節をポキポキ鳴らしたり、事件ファイルを何度も開いたり閉じたりした。
無言の圧力。

黙秘権はある。
けれど、それを貫くことすら“許されない空気”がある。

ここに来て、何度「怖い」と思っただろう。
何度「助けて」と心の中で叫んだだろう。
何度「もう嫌だ」と呟いたか分からない。
感覚は、少しずつ壊れていく。
何か大切なものが、音もなく削れていく。

夜、弁護士が来てくれた。
刑事からのハラスメントについて、丁寧に聞き取ってくれた。
言葉を交わすたびに、この世界にもまだ“人”がいることを思い出した。


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