14. 世界の強豪と、日本男児・トムの戦い
フィリピンパブでの英会話レッスン(と称した遊び)に慣れてきた頃、俺の中に一つの雄としての本能的な問いが芽生えた。
「日本男児として、俺は世界で戦えるのだろうか?」
いや、戦えるかどうかなんてわからない。でも、戦ってみたい。 好奇心旺盛で、エネルギーを持て余していた20代の俺にとって、錦糸町という多国籍な街は格好の実験場だった。
それからは、給料が入ると様々な国の女性が集まるインターナショナルパブへと繰り出した。 フィリピンだけでなく、タイ、中国、ペルー、ジャマイカ、チリ……。 日本ではなかなか出会うことのない、地球の裏側から来た女性たちと酒を酌み交わし、覚えたてのブロークンイングリッシュでコミュニケーションをとった。
実践の中でわかったことがある。国によって「モテる基準」がまるで違うのだ。 俺は身長180センチ、体重100キロ。柔道で鍛えた骨太でガッシリとした体型をしている。おまけに日焼けした肌とボウズ頭。 このルックスは、欧米系の女性にはあまり響かなかったが、アジアや南米系の女性からは絶大な支持を得た。 特に、中国、タイ、そしてフィリピンの女性たちからは、分かりやすくモテた。
中でも一番親交を深めたのは、やはりフィリピンの女性たちだった。 店に通い、英語が上達するにつれて、俺は彼女たちが置かれている「リアルな状況」を理解していった。
彼女たちの多くは「タレントビザ」という名目で来日していた。 タレントといっても、芸能人ではない。少し歌が歌える、少しダンスが踊れる。それだけの理由でビザを発給され、実際は夜の店で接客をするために送り込まれてきた、ごく普通の女の子たちだ。 期間は6ヶ月。 入国時に、1ヶ月分の給料(わずか5万円程度)が渡される。 残りの半年間は?給料は出ない。ショータイムでお客からもらえるチップなどで食いつなぐしかないのだ。
タコ部屋のような狭い寮に数人で押し込められ、休みなく働く。 半年間の任期を終えて帰国する時、ようやく残りの給料が支払われるが、それもせいぜい30万円程度。半年働いて、だ。 安い労働力を使い捨てにする闇のビジネス。人権侵害とも言えるこのシステムは、後に2006年に厳格化されることになるが、当時はまだ野放しだった。
だが、皮肉にもこの過酷な環境こそが、俺が彼女たちにモテる最大の理由になっていた。
初めて日本に来たばかりの子は、日本語がわからない。 店に来る客のほとんどは、年配のおじさんたちだ。言葉の通じないおじさんの横で、ただニコニコしてお酌をするだけの日々。 そこに現れたのが、「Tom(トム)」こと、俺だ。 自分と同じ20代。ガタイが良くて、元気で、何より一生懸命英語で話そうとしてくれる。 これだけで、彼女たちの中での好感度はカンストする。
さらに、俺には切り札があった。
店が終わる深夜。俺は店の外で待っていた。
「Hey! Who wants to go to Yakiniku?(焼肉行く人~?)」
俺が声をかけると、仕事終わりの彼女たちが歓声を上げて飛びついてくる。 「Tom! I go! Me too!」
「Wait, wait! Only three people!(ちょ、待てって!3人まで!)」
「No way! Sly! Take me next time!(えーずるい!次は絶対ね!)」
パブの近くにある安い焼肉屋。 網の上でジュージューと音を立てるカルビ。大盛りのライス。 「Oishii!(おいしい)」 彼女たちは目を輝かせて、日本の焼肉を頬張る。 フィリピンの米や肉とは味が違うらしい。過酷な寮生活で腹を空かせている彼女たちにとって、これは最高のご馳走だった。
悲惨な生活の中で、気前よく焼肉を奢ってくれて、一緒になってバカ騒ぎできる同年代の男。 モテないわけがない。 俺は自分が「救世主」のような目で見られているのを感じていた。 閉鎖的な環境で、彼女たちが選べる選択肢が少なかったこともあるだろう。だが、それでも俺は嬉しかった。
腹がいっぱいになると、夜はまだ終わらない。
「Ah, I'm full! Thank you Tom!」
「Hey Tom! Let's go to Disco!」(トム!ディスコに行こうよ!) 「Seriously? You guys have too much energy...(マジかよ、お前ら元気すぎだろ……)」 「Let's go! Let's go!」
「Okay, let's do it!(しゃあない、いっちゃうか!)」
深夜の焼肉屋から、そのまま外国人御用達のクラブへ流れる。 重低音が響くフロア。飛び交うレーザービーム。 「Tom! Let's drink Blowjob!」 (トム!ブロージョブ飲もう!) (※ブロージョブ:カルーアベースの甘くて強いカクテル。名前の通りの卑猥な意味も含む)
「ウェ~イ!イッキね~!」
カクテルを飲み干した瞬間、熱い身体が俺に密着する。 抱きつかれ、濃厚なキスが待っていた。 口の中に広がる甘いコーヒーフレーバーと、滑らかな舌の感触。 気づけば、スタイルの良い二つの大きな膨らみが目の前に鎮座している。 クラブのソファーに深く腰掛けた俺の上に、褐色の肌を持つ美女「ニーナ」が跨り、ジッと俺を見つめてくる。
「ウァー、もういろいろ無理だー!!!理性など消えてなくなれ!」
「今が人生で一番楽しいんだろうな!」 本気でそう思った。 硬派な日本男児として生きてきたつもりが、気づけば完全な「パリピ」へと変貌していた。
だが、ただ遊んでいただけではない。 5ヶ月が過ぎ、ビザの期限が近づき、帰国が決まったお気に入りの女の子がいれば、俺は最後の思い出作りに連れ出した。 行き先は、千葉県にあるが東京と名がつく夢の国だ
酔っ払ったおじさんの相手と、不自由な寮生活。そんな灰色の日々とは真逆の、夢と魔法の王国。 俺はそこで、6ヶ月間の彼女の労をねぎらい、できるだけ紳士に振る舞った。 彼女の瞳に映るシンデレラ城は、きっと一生の思い出になるはずだ。
夢の国効果は絶大だった。 夜のパレードが終わる頃には、二人の間には言葉なんていらないムードが出来上がっていた。
今振り返れば、欲望交じりのチャラい男の行動だったかもしれない。 だが、俺の中には確かに「せめて日本で一つくらい、本物の笑顔になれる楽しい思い出を持って帰ってほしい」という、不器用なりの誠意があった。 彼女たちが背負っている現実を知ったからこそ、俺は彼女たちをただの「遊び相手」ではなく、海を越えて出稼ぎに来た「逞しい一人の人間」としてリスペクトするようになっていたのだ。
彼女たちも、母国に帰ってふとした瞬間に、日本での日々を思い出してくれているだろうか。 辛かった仕事の合間に現れた、「Tom」という名のバカな日本男児との時間を。
数ヶ月の期間限定の恋。いくつもの出会いと別れを繰り返した、20代の俺の「戦い」の記録だ。 俺はこの夜の教室で、英語や男としての自信だけでなく、「育った国や環境が全く違う相手とも、一対一で向き合い、歩み寄れば心を通わせることができる」という、人間関係の基本を学んだのだ。
