おもちゃ箱 第42話
奏たちは、雅晴の同級生だった夫婦が営んでいる旅館を再び訪れていた。
夫「篠塚の奥さんのこと?」
奏「はい。何か噂とかそういうの聞いたことないでしょうか?」
夫「噂ねぇ……」
妻「街で偶然見かけた以外は特に目立った話も聞かなかったし、その時の女の人の顔も見えなかったらしいしねぇ」
奏「そうですか……」
奏は落胆した。
奏「(やはりそう簡単にはいかないか……)」
妻「あ、顔は分からないけど、名前が分かってるなら方法あるかも」
奏「え?」
妻「ほら、熊田くん。あの人なら……」
夫「あぁ~!! アイツか!!」
奏「あの、その熊田さんっていうのは……」
夫「あぁ、熊田悟(くまだ さとる)っていうやつがいるんだが、そいつ今教師やっててな。そいつなら他の学校とかに連絡して、その篠塚の奥さんのこと調べられるかもしれない。ここに住んでたんなら、学校に通ってるはずだろ?」
奏「そうか、工場や職場内での話に目が行きすぎて、そんな単純なことに気付かなかった……」
夫「まぁ、偽名とか使ってたら意味ないけどな」
奏「いえ、充分助かりました。ありがとうございます」
奏は2人に頭を下げた。
一方、絵里加と秀平は彼女が昔立ち寄っていた店や親しかった人のところを訪ねていた。
だが、彼女の話が出ると皆口をつぐみ、なにも語ってはくれなかった。
黒「何で誰も話聞いてくれねぇんだよ」
絵「黒澤先輩」
1人お寺の住職に話を聞きに行っていた絵里加が戻ってきた。
黒「どうだった?」
絵「相当嫌われてるみたいですね。嶋野亜依子さん」
黒「まぁ、犯罪者と結婚した人だからなぁ。でも、嫌われすぎじゃねぇか?」
絵「あの爆発事件が起きた後、学校は大騒ぎになりました。それの影響で、教頭のセクハラや校長の対応が明るみになってさらに大騒ぎ。教頭も校長も辞めさせられました。それで、問題はその後です」
黒「その後?」
絵「嶋野さんが辞めてしまった理由が、セクハラによることが原因ではなく、篠塚雅晴さんとの結婚によることだと世間にバレてしまったんです。それで学校に苦情が殺到して、生徒や教員の退学退職が続出。田舎町ですから新しい人も入らず、今廃校寸前なんだそうです」
黒「へぇ~」
絵「その上工場も閉鎖してしまって、従業員は路頭に迷い、自殺者まで出たそうです。それからというもの、あの2人の話はタブーになったそうです」
黒「なるほど。だからあんな感じだったわけか」
雅晴と亜依子の行動は、予想以上に人々に悪影響を与えてしまったようだ。
黒「……どうする? 今日泊まる宿に行くか?」
絵「……いえ、もう少し話を聞いてみましょう。もしかしたら、良い情報を持っている人がいるかもしれません。深堂先輩たちも頑張ってるでしょうから」
黒「よし、じゃあ行くか。あ、その前になんか食って行かない?」
絵「今の話聞いてました!?」
黒「まぁまぁ。腹が減ってはなんとやらって言うだろ? それに、足痛いんだろ? ちょっとは休んでいかないと。明日もあるんだし」
絵「!! どうして足が痛いって……」
黒「ん~。なんとなく? ほら、さっさと食って調査の続きしよう!!」
そう言って秀平は笑顔を見せた。
絵「……全く」
絵里加は秀平に呆れながら、満更でもない顔をしていた。
2人はゆっくりと並んで歩き出した。
黒「あ、荷物持つよ」
絵「……ありがとうございます」
その夜、奏たちは旅館に戻り、懐石料理に舌鼓を打っていた。
黒「旨っ!! 旨いなここの料理」
奏「分かったからもうちょっと落ち着いて食えよ。誰も盗ったりしないんだから」
絵「本当良く食いますね」
黒「だって疲れちまったんだもんよ」
秀平はそう言いながら食べる手を止めようとはしない。
奏「……にしても、あの2人が出会い恋をしたことで、結構な人が人生を狂わされたんだ」
絵「はい。篠塚さんのやったことは許されることではありません。……けど、正直あの2人を責める気にはなりません」
奏「……確かに。あの2人はお互いを想いあって愛し合っただけだからね。篠塚さんが罪を犯したのも、彼女を守るためだし」
雪「……」
奏「けど、もし彼が『おもちゃ箱事件』の犯人だとしたら話は別だ。絶対に何とかしないと」
絵「はい」
黒「ヨシッ!! 明日も頑張って調査だ。そのためにもっと食うぞ~!!」
奏「食うのは良いけど、代金は秀平持ちだからな」
黒「えっ!?」
絵「ハハハッ……」
料理を食べ温泉に入った奏は、1人で夜風に当たっていた。
奏「綺麗な月だなぁ」
夜の空には綺麗な月が輝いていた。
奏が月を見ていると、近くで人の足音が聞こえた。
奏「美琴ちゃん」
足音の正体は美琴だった。
奏「どうしたの?」
雪『お母さんとLINEしてたんです。そしたらなんだが眠れなくなって。旅館の中を見て回ってました』
奏「そうなんだ」
雪「……」
美琴は奏のことをジッと見つめていた。
奏「どうしたの?」
雪『奏さん、なんか考え事してるように見えます』
奏「……ちょっと怖いんだ。犯人を目の前にして、果たして俺は冷静でいられるのかなぁって」
雪「……」
奏「俺、犯人に対して怒りと憎しみしかないんだ。齋川悠紀子が死んだって聞いたときも、なんか嬉しく思えなかった。昔俺を苛めてたやつなのに。憎いやつの筈なのに。犯人に対して感謝も何もできないんだ」
雪「……」
美琴はメモに文字を書き始めた。
雪『……多分、大丈夫です。奏さんなら』
奏「え?」
雪『人を傷つけることの酷さや、大事な人を失くしたことの辛さを知ってる奏さんなら、きっと変なことはしません。それに、かなえさんや友達を悲しませるようなことを奏さんがするなんて、あり得ないですから』
奏「……」
美琴は奏に微笑んだ。
奏「……君は、本当に強くなったね」
雪『奏さんたちのお陰です』
奏「……ありがとう。もう大丈夫」
奏はそう言って美琴に笑顔を向けた。
美琴はどこかホッとしたような顔をしていた。
奏たちは月を見上げた。
月はより一層輝いているように見えた。
