おもちゃ箱 第34話
重雄は現在、雅晴の母である篠塚咲枝(しのづかさきえ)が入居している老人ホームに来ていた。
へ「あちらの方です」
ヘルパーに案内された先を見ると、1人の女性が車椅子に座っていた。
ヘ「咲枝さ~ん。お客様が来ていらっしゃいますよ~」
咲「あぁ? お客様?」
重雄は咲枝に近づいた。
尾「初めまして。記者の尾野寺重雄と言います」
咲「あぁ~。佐久間(さくま)さん!! こんにちは」
尾「佐久間さん?」
へ「すいません。咲枝さん痴呆症で、貴方のことを近所に住んでた佐久間さんと間違えてるんです」
尾「痴呆症……」
ヘ「最初は息子さんが自宅で介護なさってて、そのときはボケてなかったらしいんですけど。息子さんが事件を起こして捕まってから、咲枝さん鬱病みたいになっちゃって。ヘルパーが良く様子を見に行ってたんです」
尾「……」
へ「けど無言電話とか、誹謗中傷の張り紙や電話が毎日のように来て、咲枝さんとうとう痴呆症に……。それでここに入居させることにしたんです」
尾「そうですか……」
重雄は、咲枝から話を聞くことを諦めた。
一方、奏たちは雅晴の同級生で、旅館を経営している夫婦のもとへやって来た。
話を聞くだけというわけにもいかないので、今夜はここに泊まるつもりだ。
夫「あの事件のことをニュースで知ったときは驚いたよ」
妻「えぇ。まさか篠塚くんがあんなことするなんて」
今は客室の中で話を聞かせてもらっている。
絵「篠塚さんって高校時代はどんな方だったんですか?」
夫「そうだなぁ。とにかく誰にでも優しかったな。全然差別とかなくて」
妻「そうね。女子からも結構人気が高くて、告白した女子もたくさんいたそうよ」
絵「へぇ~」
妻「まぁ、全部断ったみたいだけど」
奏「確か、女っ気がなかったってお聞きしたんですけど」
妻「えぇ。浮いた話ひとつ聞かなかったわ」
夫「やっぱり、父親のことが関係してるのかな」
絵「父親?」
夫「あいつの父親、母親がいないときに女を連れ込んでは、毎日体の関係を持ってたらしいんだ。篠塚が幼稚園から中学くらいまで続いてたらしい。あいつが家にいるにも関わらず。それのせいなのか、あいつ『女は誰とでも寝る怖い人だ』って思ってたんじゃないかな。まぁ、あくまで噂で聞いた話なんだけど」
妻「私もその噂聞いたことがあるわ。彼のお父さんが亡くなったのも、本当は性病にかかったからなんじゃないかって噂まで流れてたくらいだもの」
奏「……」
絵「あの、篠塚さんとはそのあと会ったりとかしてたんですか?」
夫「いや、俺たちは会わなかったよ。何人か会ったやつらはいるみたいだったけど」
妻「私の友達が、出所して直ぐに彼に会ったらしいんだけど、そのときの彼はスゴいやつれてたみたい。けど……」
絵「けど?」
妻「それから2ヶ月後くらいに別の友達が彼を見たとき、スッゴいキラキラしてたって言ってたわ。女の人連れてたって」
絵「嶋野亜依子さんでしょうか?」
奏「多分ね」
絵里加は耳元で質問をし、奏はそれに答えた。
絵「あの、その奥さんってどんな方だったか分かりますか?」
妻「いいえ。彼に気を取られてたみたいで、しっかりとは見てなかったみたい」
絵「……そうですか」
結局、亜依子の情報を得ることはできなかった。
その夜、重雄が宿に戻り3人で今日のことを報告することにした。
絵「それじゃあ話を聞くのは無理そうですね」
尾「あぁ。あのボケようじゃな。職員に聞いた話だと、篠塚は出所してから1度も老人ホームに顔を出してねぇ」
絵「え!? 一度もですか?」
尾「あぁ。前科もんである自分を見せたくねぇのか、はたまた女にぞっこんなのか、どっちにしろ薄情な野郎だ」
重雄はお猪口に入った酒を一気に飲み干し、不機嫌そうな顔をしていた。
ブーッ、ブーッ。
奏の携帯が鳴った。
奏「あ、姉ちゃんからだ」
かなえからの電話だった。
奏「もしもし?」
か『あ、奏? お土産買ってくれた?』
奏「最初の一言がそれ!? 明日時間があるからその時に買おうと思って」
か『そう? 楽しみにしてるね?』
奏「……まさか、その為だけに電話してきたの?」
か『まさか。今日、亜依子さんの事務所に電話したの。そしたら秘書の人が電話に出て』
奏「うん。それで?」
か『彼女今、海外にいるみたいなの』
奏「海外!?」
か『うん。なんか、ハワイに別の事務所を建てることを考えてるみたいで。その視察のために』
奏「ハワイ……」
か『彼女の携帯番号聞いたんだけど、「プライベートのことだから教えられない」って』
奏「そうなんだ……」
か『あ、あと妙なことがあるの』
奏「妙なこと?」
か『彼女の事務所のホームページがあってそれを見て見たんだけど、彼女の経歴が全く書かれてないの。他の弁護士さんのは書いてあるのに』
奏「そっか……(前科のある篠塚さんのことを知られないためか、自分の弁護士生命を守るためか)分かった。ありがとう」
か『うん。あ、彼女の顔写真送るね?』
奏「うん」
そう言って電話は切れた。
それから直ぐにかなえから写真が送られてきた。
そこには、茶髪のボブヘアーの女性が写っていた。
奏「この人が嶋野亜依子……」
篠塚雅晴が守ろうとした女性。
奏は彼の同級生から聞いた話を思い出していた。
奏「(父親の浮気、母の介護。子供の頃から父親の汚い部分を、女の怖い部分を知った雅晴には、死んだ被害者たちの行為が汚ならしいものに見えたのだろうか? だから、あんな事件を起こしたのだろうか)」
妻を愛する男。妻のために罪を犯した男。大人の闇の部分を知っている男。
奏には、篠塚雅晴という男が分からなくなっていた。
