美しさって何だろう
「美しいものは何ですか?」
そう聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。
私はある日、この問いを投げかけられた。
最初は自然や光、透明な水、優しく親切な心、清潔感のあるもの、美しい言葉などを思い浮かべた。
どれも確かに美しい。
けれど、質問に答えていくうちに、自分でも気づいていなかった共通点が見えてきた。
それは「透明さ」だった。
外見よりも内面
正直に言えば、感情的には外見の美しさに惹かれる。
美しい景色や整った顔立ちに目を奪われることはある。
しかし、立ち止まって考えると、やはり内面の美しさの方がはるかに価値があると思う。
なぜなら、外見を整えることは比較的簡単だからだ。
けれど、
* 誠実であること
* 優しくあること
* 嘘をつかないこと
* 親切であること
こうした内面を磨き続けることは簡単ではない。
だからこそ美しい。
自然体の笑顔
私が美しいと思うのは、自然体のきれいな笑顔だ。
無理をしていない。
背伸びをしていない。
そして嘘をつかず、人に親切である。
作られた笑顔ではなく、その人の心から生まれる笑顔。
そんな人を見ると美しいと思う。
木漏れ日と水面のきらめき
今まで見た景色の中で心を動かされたものを考えた。
すると浮かんできたのは、
風に揺れる木漏れ日。
光を受けて輝く葉。
きらめく水面。
どれも派手ではない。
むしろ静かな景色だ。
それでも心が惹かれる。
なぜだろう。
今なら少しわかる気がする。
そこには透明さがあるからだ。
年齢とともに増す美しさ
私は年齢を重ねることで増す美しさがあると思っている。
心を磨き続けていれば、きっと手に入れられる美しさだと思う。
経験を重ねるだけでは足りない。
傷ついたり、悩んだり、迷ったりしながらも、自分と向き合い続けた人にだけ現れるものがある。
不完全さについて
不完全さにも美しさはあると思う。
自然や風景であれば、不完全さそのものが味わいになる。
心については少し違うと思っていて、
不完全なままでは苦しみや不安になることもある。
けれど、その不完全さを見つめ、訓練し、乗り越えていこうとする姿には美しさがあると思う。
さらにもし、自分の心の弱さを乗り越えることができたならば、それは本当の意味での美しさなんだと思う。
私が好きな自分
自分の好きなところを聞かれた。
少し考えてから答えたのは、
「世の中の矛盾について立ち止まって考えようとするところ」
私は不器用なのだ。その不器用な自分を、私は割と気に入っている。
みんながそう言っているから。
昔からそうだから。
そんな理由だけで胸の奥の腑が落ちないのだ。
一度立ち止まり、自分の頭で考えたい。
それは自分にとって大切なことだ。
お金で買えないもの
お金で買えない美しさは何か。
考えた答えはシンプルだった。
「豊かな心」
どれだけお金を持っていても、豊かな心は買えない。
日々の積み重ねの中で育てていくものだと思う。
美しさとは何か
最後に、
「美しさとは何ですか?」
と聞かれた。
美しさとは、あきらめない心である。と、答えてみる。
自分をあきらめない。
転んでも立ち上がる。
逃げてもまた戻ってくる。
そうやって心を磨き続けること。
それが美しさだと思った。
しかし対話を続ける中で、もう一つの言葉が見えてきた。
それが「透明さ」だった。
透明な水。
光。
木漏れ日。
自然体の笑顔。
誠実な心。
私が美しいと思うものには共通点があった。
それは余計なものが削ぎ落とされていること。
無理をしていないこと。
本来の姿で存在していること。
そして最後にたどり着いたのが、
美しさとは、透明になっていくことである。
光を通す透明さ。
もしかすると私はずっと、それを求めていたのかもしれない。
#美しさとは
#心を磨く
#透明な心
#生き方
#自分と向き合う
#エッセイ
#気づき
#人生観
#自然の美しさ
#note書いてみた
