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私の創作マシン… ロボット以前 unique Machines I created

子ども時代、ロボットは案外身近になくて(あったのはアニメや怪獣モノの中だけ)、その後の私には今も何となく距離感があります。たぶん、少年時代に妄想した夢のロボットと現実が、大きく乖離しているから。少年時代に興味から書物で学んだ人体生体との圧倒的で埋められないであろう差…。
超えられるのは、実は パワー大きさ だけ? そして、民間企業で、職業としてロボットをやれたのは15年足らずでした(目標もあまり果たせなくて嫌にもなり…)。逆に、外界から広く俯瞰できたのは、その後にとって幸いでした。そんな、私の「ロボット以前」は単純なメカ、工作でした(ロボットと言える創作物は、別記事に挙げました)

スーパーヘリコプター』 (1988)
この時のさらに昔の子供時代に、同名の玩具がありました。シーソーの片側にヘリコプターの模型が、反対側にバランス用のおもりが付いていて、ヘリコプタのローター(電動プロペラ)の回転を操縦すると、ヘリコプタが浮揚上下したり、シーソーの支柱を中心に全体が旋回(ヘリコプタとしては前後)する楽しいものでした。そのヘリコプタ部分の反対側に人が乗れるようにして、実大化した遊園地的乗りものです。5人くらいで数日前から徹夜も含めて作り、あるアイデアコンテストで優勝しました。右で乗ってはしゃいでいるのは昔の私(反対側はスクータエンジン駆動部+推進ファン)。今なら、製作作業、写真のデモとも「危険」とされて、実施困難でしょうが、最高に素敵なモノづくり体験(設計は私、5人の共同手作り)による最高メカでした
フルラジコン化 『74式戦車』 (1980)
ミリヲタでもある私が、1/35プラモデル(TAMIYA)をラジコン改造しました。左右クローラ(キャタピラ)の前後進速度、砲塔の旋回(無限旋回できるスリップリングも作り込み、連続回転可能)、砲身の俯仰(上下角)が市販ラジコンで動かせました。その他、砲身内をLEDで高輝度に'ピカッ'と発光でき、ラジコンスイッチONで左右ヘッドライトが自動点灯し、後進すると後ろの左右バックライトが発光します。プラモでは一体固定のサスペンションも切り離してばねサスペンションを入れました(写真)。今はなき「モデルジャーナル」誌(「ラジコン技術」誌の姉妹誌)で大特集して頂きました。その抜粋(1/4頁)です
上の写真の続き(2/4頁)です。今思っても、異様な凝り様(今はぜったいムリ!)
ロボットゲーム用 『ビーム砲戦車』 (1982)
同じ「戦車」でも、学祭のゲーム用に創ったオリジナルデザイン戦車です。ラジコンで走行し、「ビーム発射」(フラッシュを発光)できます(「ビーム」が「当たった」多数の敵は、「やられた!」を演技して停止しました)。上面の緑、赤の球体は、フラッシュの充電状態表示LED、
左右側面の各3段のスリット内側には小型スピーカーが備えられ、走行速度に応じた「走行擬音」を発しました(当時、特許取れたのに…)。また、外周のアルミフレームには、「敵」や周囲壁にぶつかった際のペナルティ検知スイッチがつながっています。デザイン、内蔵回路等、全自作です
昆虫模擬ロボット 『TR-1』 (1980)
ここで、私の初の自作ロボットです。
市販のマイコン(8bit)には手が出せなかった時代に、「標準ロジックIC」とオペアンプのみで制御回路を自作した、「かぶと虫」をイメージした昆虫動作ロボットです。回路は全部「手描きエッチング」のプリント基板です(今はないですね)。2対の触覚で前方障害を左右回避しつつ、ひっかかって動かなくなれば、過荷重検知で後進離脱する等して、けっこううまく動いていました
綱引きロボット 『Rope Master』 (1991)
「綱引きロボット」競技で優勝したメカです。勝ち抜き綱引き競技に「どうすれば優勝できるか?」をよ~く考えた末の設計です。開始後、既定に従って、自分の陣地にサっと移動完了します。車輪には滑り止めのシリコンゴムが塗ってあり、さらに停止位置には吸盤が来るように調整しました。すぐに高速ギヤで、たるんだ綱(ロープ)の引き代を、ピンと張るまで先制して巻き取ったら、低速ギヤに切り替えて、あとは強力にジワジワと確実に巻き上げ(あるいはロックして)、
綱のセンターを最初から一切譲らず、勝利し続けました。(3つのモータは、綱巻取り用(裏側にプーリー)、ギヤ切り替え用、規定移動用)センサも制御器(マイコン等)もないから、ただのメカですが、そういうのがむしろ好きです。前日徹夜(そんなのばっかり…)の無理がたたって、その後、散々でしたが
ラジコンバギー (市販キット改造)  (1978-1980)
高校卒業後(浪人となったのですが)~入学してしばらく熱中したマシンたち。左は「京商」の「サーキット・バギー」。当時、'OS'「小川精機」の2サイクルエンジン(公称最大出力は1.0馬力もありました)、実車同様構造のサスペンション+ダンパ機構を搭載していました。中央の小型車は入門用「ピーナッツ・バギー」(同じくエンジン車)。右のバギーは、TAMIYA社初のバギー製品で、電動です。当時は、標準キットをさまざまに改造、チューンアップするのが流行り、楽しみで、メカのよい勉強にもなりました。ただ、当時、ラジコン製品はとても高価で、上掲の「74式戦車」用の多チャンネルラジコン装置の入手は私にはとても厳しかったです。そして、それを自作で安く作ってみたくなりました。結局、無謀でムリなことが解りましたが、電子模型~電子工学の独学は、ものすごく実践的な勉強になり、その後の「ロボット系」への強い導きとなりました




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