コラム | 僕は犯罪者です
え!?て思いました?でも事実です。
まあ時効なのでいうと、僕は1万円を過去に2回拾って、その内1回をネコババしてます。
あれは小学校4.5年生の時。今から10年以上前ですね。
今でも鮮明に覚えています。
休日の昼間、僕がマルモのおきての再放送を見ていたとき。弟が「お兄ちゃん!外にお金落ちてるよ!」って言ったんです。
一目散で見に行きました。
すると、そこには1万円がポンっと1枚。
いやあ人生で一番高鳴りましたね。
だって小学生の1万円なんで、どれほど大金か。
欲しいものなんてなんでも買える。当時のお小遣いは、毎月数百円とかだったんで、何年分になることか。
その足でゲーム売り場に行き、3DSのカセット2本買いました。

普通に犯罪ですね。こんなことnoteに書いて良いのか分からないけど、時効という法的側面はさておき、自分自身の過去と向き合うために告白しました。
その後、弟に拾ったお金でゲームを買ったと言う弱みを握られ、数年間は弟に強く出られませんでした。(お金落ちてるって報告してきたくせにとは思いましたが)
そして、2回目に1万円を拾ったのは2年前。夜に下を向いて歩いていたらそこには折り畳まれた1万円札。
不思議と、今度は小学生の時のような胸の高鳴りは感じませんでした。むしろ、あの時の弟の顔や数年間続いた気まずさが頭をよぎったんです。
そのため、今回は迷わず近くの交番に届けました。
3ヶ月後、落とし主が現れなかったと聞き、正式に私のお金として1万円をいただきました。
その1万円で食べた焼肉は、格別だったことを今でも鮮明に覚えています。小学生の時にゲームを買った時の、どこか後ろめたさを抱えた興奮とは全く違う、胸を張って「美味しい!」と言える、晴れやかな味がしました。
人生で2回も1万円を拾う人なんてそうそういないと思いますが、私が得た人生の教訓は「お金を拾ったら交番へ届けろ」です。
そんなの当たり前だろ!と思うかもしれません。
だけど、1万円が落ちてて周りに人がいなかったらって考えてみてください。
正直、お金は名前が書いてないし誰のかなんて分かりません。
だけど、私は昔から言われる「お天道様は見ている」という言葉が、ふと頭をよぎるんです。
それは迷信なんかではなく、結局は「自分の良心が見ている」ということなのかもしれません。

ネコババした時の後ろめたさは、たとえ誰にもバレなくても、自分自身の心に残り続ける。
そして、その小さなトゲが、弟との関係を気まずくさせたように、日々の行動や自己肯定感に影響を与え、悪い流れを引き寄せてしまう。そんな風に感じています。
どちらも私にとって忘れられない「初めてのお金」との出会いでした。
1つは後悔と共に消費され、もう1つは感謝と共に味わった焼肉へと変わりました。
あの頃の自分に教えてあげたい。お金は、時に人を試し、そして正直に向き合った時にこそ、本当の価値を教えてくれるのだと。
そして、その学びこそが、私にとって1番価値のある「初めてのお金」だったのかもしれません。
本コラムは、「はじめてのお金」をテーマに開催されている、無職さんのコンテストに応募するために執筆いたしました。このような機会をいただき、ありがとうございます。
