#今日の天気 イギリス紳士のお茶目な知らんぷり
イギリス人は挨拶がわりに天気の話をする。
子ども時代をすごした香港は1997年までイギリス領だった。
街にはイギリス人がたくさん住んでいて、イギリス英語が飛び交っていた。
私が通っていた日本人小学校では低学年から英会話の授業があった。
英会話の授業は英語の習熟度別にクラス分けされていた。
私のクラスの先生はDavid(デイビッド)。いつも小洒落たスーツを着ていて、細身で、身長が低くて、頭がつるっと禿げているイギリス紳士。
数人入るだけでパンパンになる、小さな会議室のような教室での英会話の授業の第一声は、いつも天気の話だった。
「Freezing cold out there. 」(寒い日)
「It's terrible weather. 」(大雨の日)
「What a lovely day ! 」(気持ちよく晴れた日)
Davidが英会話の授業を担当していたその年、私は英検を受けた。
会場は日本人小学校。
二次試験、通い慣れた小学校の廊下に並べられた椅子に座って面接室(教室)に呼ばれるのをそわそわしながら待っていた。
面接室から試験を終えた受験生が出てきて、中から声がした。
「Come in. 」
教室の扉をくぐると、見慣れたイギリス紳士が座っていた。
「David ! 」
思わず先生の名前を呼んで、Davidが試験官だなんてビックリした、と続けようとしたそのとき。
イギリス紳士は立てた人差し指を口元に持っていき、いたずらっぽく肩をすくめてウインクした。
私が椅子に座るや否や、Davidは口を開いた。
「It's cloudy today, isn't it? 」
どんよりと曇ったその日、私たちは笑いを押し殺して向かい合った。
そしてお互い、白々しく面接官と受験生を演じた。
翌週の英会話の授業前、廊下で私を見つけたDavidは楽しそうに話しかけてきた。
あの面接試験は面白かったね。君は受かっていると思うよ。
いたずらっぽい笑みを浮かべるDavidを見て、天気じゃない話から会話を始めるパターンもあるんだ、と私は思った。
試験は合格だった。あの茶番な空気、良かったな。
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(こちらの企画に参加しています。第一回「#今日の天気」)
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