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ふたたび古都に帰る

 今年も9月に奈良へと帰省した。本来は17日からの連休にするはずが、先週の台風直撃のため断念し、23日からの慌ただしい日程に急遽変更していたのであった。
 昨年の同じ時期に電車がガラガラだったのとは対照的に、今年は台風の連発にもかかわらずそれなりの乗客で車内が満たされていた。多くはやはり行楽客だと思われるが、皆黙って乗っているのはありがたく、粛々とマナーが守られていた。

 経由の近鉄京都駅では、この四月に運行開始したばかりの観光特急「あをによし」に遭遇した。近鉄は子供の頃から馴染みのある鉄道で、子供の頃はなんとも思わなかった何気ない車体に、今見るとデザインの秀逸さを感じさせられ、近年もしばしば洒落た車体の特急列車を運行している。

正面。
胴体。
この紫色は冠位十二階の最上位にちなむらしい。高貴さをイメージした様子。

 京都から奈良に移動する間の短時間、車窓をバックに福永武彦の堀辰雄論をめくってみた。旅にはエッセイが馴染む。

窓の外には田舎の曇り空。

 盆地の空は、なんといっても広さが魅力である。彼岸の墓参の行き帰り、青としか言いようのない背景に、雲がうねうねと隊列をなしてどこかへ向かうような、何かを順番待ちしているような、のどかな風景は飽きを来さず、ぼんやり見ているのにこれほど適したものはない。稲穂の垂れつつある水田にはときおりヤンマが飛んでいた。

電線は自然には邪魔だが、古くから見ていると別の趣きがある。右側の小さな茂みには古びた祠のようなものがあったはず。

 奈良県と大阪府の境目にある生駒山は、記紀神話で知られた山であり、『日本書紀』によれば、神武天皇とこれに反目する長髄彦ながすねひこがこの麓で争ったとされている。小高い山地は雨が上がった夕暮れに幽玄な姿を見せてくれた。

雲を集める霊峰。
目を西に転じると、青空が雲と山を分っていた。

 奈良の盆地に平べったく生きる人々には、堀辰雄が『大和路・信濃路』で書きたいものとして語っているところの「イディル」のような暮らしぶりを見つけることがある。
 イディルとはなにか、堀はこう語っている。

ケーベル博士によると、イディルというのは、ギリシア語では「小さき絵」というほどの意だそうだ。そしてその中には、物静かな、小ぢんまりとした環境に生きている素朴な人達の、何物にも煩わせられない、自足した生活だけの描かれることが要求されている。

堀辰雄『大和路・信濃路』

 「何物にも煩わされない、自足した生活」を送ることは、もはや現代では不可能であろうと思うが、それに近づくことはできる。そして実際自分に関しては、郷里に帰るたびにそのような生活を数日間取り戻しているような気がする。普段は自室でぼんやりしていても、何かは考えて、思い煩ってしまっている。しかし実家での時間はそれすらもなく、ただ「何もしない時間」が流れていくという、普段からは考えられない過ぎ方をする。それこそ青空で隊列をなしていた雲が、どこへ行くでもないのに整然と流れていくが如く、都会では得られない無我状態に自分を導くことができるようである。
 
 都会から遠く離れたイディルの感興は、とても美しく羨ましい時間のようでもある。だが当事者から見れば、実のところそれは堀辰雄が言うほどありがたくもなく、美しくもないかもしれない。無為にただただ過ぎ去っていくのである。しかし、消しようのない追憶の中でただずっとそこにあって、いつでも私を待っているそれが懐かしいことは確かである。都会で感じる寂しさは、ひょっとするとそういった全き無為への後ろめたさでもあるのかもしれない。



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