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第十二章 『警察学校〜運命の交差点〜』 第三話 静かな別れ

帰宅後、布団に横になりながら、先輩にお礼のLINEを送った。

「今日は遅くまでありがとうございました。また、機会があればよろしくお願いします」

一時間ほどして返信が来る。

「こちらこそありがとう。焼肉美味しかったです。今官舎についてひと段落したところ。また学校で」

その返信を見て、自然と頬が緩んだ。

この経験を、私は誰かに話したくなっていた。
そして、思い浮かんだのは遠く離れた場所にいるあの人だった。


このやり取りを、後日エミリーに報告することにした。
というのも、付き合う前に食事へ行ったりする方法は、元々エミリーから聞いていたものだったからだ。

アメリカには「デーティング期間」と呼ばれる、お互いを知り合うための段階があると彼女は教えてくれた。
恋人同士になる前に、食事や外出などの機会を重ねながら相手を見極める……その考え方に影響を受けていた私は、今回の食事を自然な流れだと捉えていた。

何より、エミリーは気兼ねなく恋愛相談ができる存在だった。
沙也加にすら話せないような、自分の弱さや迷いも、彼女には打ち明けられる。
アメリカ人特有のオープンさと、エミリー自身の包容力がそうさせるのかもしれない。

この頃、エミリーとは警察官拝命前のように、頻繁に連絡を取り合うようになっており、時間と回数を重ねるにつれて、彼女への信頼は確固たるものになっていた。

「この前さ、先輩と食事に行ってきたんだ」
「えっ、本当に?どんな人だったの?」
電話越しに、彼女の声が弾んだように聞こえる。
「うん。警察の先輩で、すごく落ち着いてて大人っぽい感じの人。LINEも交換できたんだけどさ……」
「いいじゃん!で、どうだったの?また会う予定とか?」
「いや、まだ1回しか会ってないし、正直よく分からないんだよな。すごく余裕がある人でさ、俺なんか相手にされてるのかなって不安になるっていうか……」
電話越しに、エミリーは少しだけ沈黙してから、優しく問いかけてきた。
「ねえ、その人のこと、好きなの?」
その一言で、自分の気持ちを整理させられる。
「……いや、まだそこまでじゃないけど、素敵な人だとは思う。もっと知りたい、って感じかな」
「じゃあ、焦らなくていいんじゃない?一度会っただけで何も分からないのは普通だよ。自信持って。ショウタなら大丈夫!次のデートも誘っちゃいなよ!」
エミリーのその言葉に、不思議と安心感が湧いてきた。
「……ありがとう。エミリーに話して本当によかったよ」
「もちろん!いつでも話してね。応援してるから!」

電話を切った後、ふと今も手帳に忍ばせていたエミリーの写真を見つめる。
直接会ったことは一度もない。
けれど、どんな時でも自分の心に寄り添ってくれる存在。
遠く離れた場所で、今も変わらず応援してくれる彼女の言葉が、不思議と心に染みていく。
その優しさが、私の背中を押してくれる。
「エミリーが背中を押してくれているんだ。俺なら上手くできる」
胸の奥に広がる温かさを感じながら、写真をそっとしまった。


その週末は、毎月恒例の沙也加との約束の日だった。

今回はいつものカフェではなく、珍しく映画を見に行くことになっていた。それも、恋愛映画。
沙也加の好きな俳優が主演しているらしい。

「見たい映画あんだけどさ、一人で見に行きにくいんだよね。一緒に行かね?暇っしょ」
LINEでのいつもの軽い誘い方。
考えるまでもなく、私は「いいよ」と返信を送った。

映画の開始時刻まで、モールを歩きながら時間を潰していた。
休憩がてら立ち寄ったスイーツショップで、いつものように他愛もない会話をしていた時だった。
ふいに、佐伯先輩の姿が頭をよぎる。
あんなふうに女性に心を奪われたのは、いつ以来だろう。
たぶん、エミリーの写真を初めて見たあの日以来かもしれない。

先輩への想いは、不思議と私の心を躍らせ、活力を与えてくれるーー。

ふと、目の前にいる沙也加を見つめる。
長年の幼なじみ。
誰よりも身近で、自然で、当たり前の存在。
けれど、彼女に対してこんな胸の高鳴りを感じたことが、果たして一度でもあっただろうか。

その瞬間、私ははっきりと悟った。
これまで沙也加との関係を曖昧に続けてきたのは、ただ「焦って答えを出そう」としていただけだったことを。
安全で心地よい選択肢に逃げ込んでいただけなのだ。
いや、それ以上に、私が勝手に未来を描き、勝手に結論づけていたこと自体、沙也加に対して無礼だった。

「今さ、警察学校で──」
言葉は喉元まで出かかったが、そこで飲み込んだ。
長年の経験が、この話題を軽々しく切り出せないことを知っていたからだ。私たちの関係は、そういう繊細な均衡の上に成り立っているのだから……。

「ねぇ、そろそろ映画の時間だよ」
沙也加の声に我に返る。
目の前には、変わらない優しい笑顔があった。
ただ、その笑顔が、もう私の心を大きく揺らすことはないのだ――そう確かに感じていた。

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