グラスに入ったマティーニを飲むために今年の夏は4年ぶりに箱根に行った。
4年前、生まれて初めてマティーニをテイクアウトした。
2021年8月。店ではお酒が飲めなかったあの日のこと
2021年8月。家族4人で箱根の温泉へ。飲み放題で美味しいお料理、ずっと遠出してはいけない雰囲気のあのコロナ禍の2回目の夏。
楽しみにしていたにもかかわらず、神奈川県にも緊急事態宣言が発出されました。外食での酒類提供は禁止。20時に飲食店はクローズ。
箱根の温泉宿へは行けましたが、夕食は早め始まりの早め終わり。がっかり。つまんない。
宿では、お客さんを入れられなくなったメインバーで、子どもたちが楽しめるようにお菓子釣りやくじ引き、箱根名物組木細工体験、風鈴作り体験を開催してくれていました。

案内は黒服を着てバッジをつけたバーテンさんたち。もちろんヘアスタイルもバーテンさんならではのピシッと決めたスタイルのままです。子どもの接客とは程遠い職種の方々です。
もちろん彼らはプロですから、ワガママばかりの小学生2人にも笑顔で接客してくれました。ようやく子どもたちが工作やお菓子食べに落ち着いたころ。付き添いだった私は、バーテンさんたちに思わず話しかけていました。
本来ならお酒を出しているはずなのに、子どもの相手とは!という話に始まり、その佇まいからどこのバーで修行されたかをどうしてもお伺いしたくなりました。
銀座のオーセンティックなバーにいらっしゃった方でした。そして今は箱根のホテルのメインバーへ。
20年ほど前、出版の編集プロダクションに勤務していましたが、そこの社長は気が向くと社員を銀座に食事に連れていってくれました。シメは行きつけのバーでカクテルを。そこで「マティーニ」というカクテルの名前を覚え、マティーニといえば銀座・MORI BARの毛利隆雄さんという知識を得ました。
もともとお酒は1滴も飲めなかったという毛利さんのエッセイ集も読ませていただき、一度だけバーカウンターに立つ、穏やかな笑顔の毛利さんの姿を拝見したこともありました。
美しいグラスに入った毛利マティーニ。その場面もよく覚えています。しかし、当時私はジンが苦手で、マティーニを美味しいと感じられなかったのです。強くてつらい酒だと。
なんて、もったいないことをしたんだろう。お酒を提供できない緊急事態宣言下の箱根のバーで昔の記憶があふれ出してきました。そんな記憶をたどりながらバーテンさんとお話していると、
「マティーニ、お作りしましょうか」
と一言。
「え、ほんとですか!?」と喜んで作っていただくことにしたのですが、もちろんその場では飲めません。買って家で飲むならOKの原則を適用して、部屋に持って帰って飲むのはOKでした(飲み放題のお食事プランだった人たちには、生ビールサーバーをお部屋に提供という嬉しいサービスもあった)。だから、“マティーニお持ち帰り”という聞いたことのない新しい飲み方でした。
が、もちろん、グラスでは持ち帰れません。カップはプラスチック製。

部屋に戻るときに言われたのが
「ぜひ次はグラスに入ったマティーニをお出ししたい」
だったのが心に残り続けていました。
そして2025年の夏の箱根で
4年経った今年。すっかり世の中は通常運転に戻りました。そして、家族で再び箱根に行くチャンスが。小学校6年生になったうちの子が「えう゛ぁ屋に行きたいから箱根!」というなんともオタク気質な主張をしたおかげで、同じホテルに訪れるチャンスを得ました。
もちろん今年はバーでお酒が飲めます。リピーターということで、滞在中はバーでワインやスパークリングワイン飲み放題というサービスも。これはもう行くでしょ!と夫とともに夕食前に1杯(いや、3杯かな)。そのときに思い切って、当時のバーテンさんがいらっしゃるかどうかをお伺いしました。
4年経った今もまだこのバーでご活躍でした。
夕食前に飲むにはもったいないということで、食後の再訪をお約束し、夕食へ、そして、またバーへ。
ついに、グラスに入ったマティーニと対面することができました。

「強いお酒なのでお気をつけて」とのひとことをいただきつつも、一口。
なんて優しくて香り高いカクテルなんだろう!と。強めのアルコール以上に鼻に通る爽やかな香り。少しずつ飲みたいけれど、少し勢いよくも飲みたい。
結局、30分くらいかけてゆっくりと一人でかみしめながら味わいました。ふだんの生活では、1杯のお酒を30分自分の世界のなかで楽しむなんてことはなかなかできません。こんな贅沢な時間があるだろうか。
ほんの30分ではありましたが、非日常を堪能し、私は気持ちよい足取りでバーを後にしました。
箱根小涌園 天悠 The Bar & Loungeの土屋智洋さん、素晴らしいマティーニをごちそうさまでした。
