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労働Gメンは突然に season2:第4話「休憩時間は誰のもの」〈前編〉

登場人物

時野 龍牙 ときの りゅうが 23歳
新人の労働基準監督官。K労働局・角宇乃かくうの労働基準監督署・第一方面所属。監督官試験をトップの成績で合格。老若男女、誰とでも話すのが得意。

加平 蒼佑 かひら そうすけ 30歳
6年目の労働基準監督官。第一方面所属。時野の直属の先輩。あだ名は「冷徹王子」。同期の麗花にプロポーズするも返事を保留されている(season1・第6話)。

石山 花音 いしやま かのん 17歳
父親が過労死したことで角宇乃署に相談。時野と加平、父の同僚の青池の尽力により長時間労働を会社に認めさせた。麗花のはとこ。

青池 涼太 あおいけ りょうた 25歳
(株)FortuneFields角宇乃営業所が営む『くるりんタコ焼き本舗』のスタッフ。花音の父親の同僚として時野と加平の調査に協力。

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本編:第4話「休憩時間は誰のもの」〈前編〉

§1

 大晴たいせいが腰をかけると、古い回転椅子がギッと音を立てて軋んだ。

 パソコンの画面に向かってログインパスワードを入力し、スタッフの勤怠管理システムの画面を開く。

 大晴は、スタッフの一人の勤怠管理画面を開いた。

==========
 7月30日(土)
 勤怠:12:00-20:00
 休憩:-
 労働時間:8時間
 休憩時間:0時間
==========

 スタッフの勤怠管理は、バックヤードに設置された勤怠管理用タブレットで行っている。

 各自IDとパスワードを入力し、[出勤][退勤]ボタンをクリックすることで、出退勤時間が記録される。

 労働時間の途中で休憩をした時は、[休憩開始][休憩終了]ボタンをクリックして、休憩時間を記録する。

 大晴は、管理職だけが操作することのできる[編集]ボタンをクリックした。

 スタッフが打刻忘れや打刻誤りをした時に、システム上の管理者権限で勤怠記録を修正できるようになっているのだ。

 空欄だった休憩時刻の欄に、『14:00-15:00』と入力する。

==========
 7月30日(土)
 勤怠:12:00-20:00
 休憩:14:00-15:00
 労働時間:7時間
 休憩時間:1時間
==========

 変更点がハイライトされ、『上書きしてよろしいですか?(Yes/No)』と確認するメッセージが表示された。

 大晴が『Yes』を選択すると、何事もなかったかのように、編集内容は反映された。

 他の日、他のスタッフでも、同じ作業を繰り返す。

 作業を終えると、大晴はため息をついた。

 もう何度休憩時間の改ざんをしただろうか。

(もう止めないと、さすがにヤバいかも……)

 大晴が店長を務める『ラーメン一期堂いちごどう・角宇乃店』の月間売り上げ目標は500万円だ。

 一期堂は人気ラーメン店であるが、その中でも中規模店の角宇乃店にとって、500万円はかなり高めの目標設定だ。

 さらに、売り上げから材料費や家賃、人件費を差し引いた営業利益の月間目標は100万円と設定されている。

 これが冬場ならまだいいが、暖かくなってくると、どうしてもラーメン自体の需要が落ちる。

 角宇乃店でも春先から徐々に売り上げが減少し、目標を達成できない月が出始めた。

 売り上げが落ちても営業利益だけは達成するべく、同じ時間に店に出るスタッフの数を1人減らした。

 その分人件費は抑えることができたが、忙しくてほとんど休憩を取れなくなった。

 そこまでしても、あと10万円、営業利益の目標に届かなかった時にやり始めたのが、この方法である。

 角宇乃店のアルバイトの時給は1300円。このエリアでは高めの設定だ。

 休憩を取れなかった日の勤怠記録に、休憩を1時間とったものとして入力すると、結果的に労働時間が1時間減り、人件費が1300円減ることになる。

 例えば、
 1300円×3人×26日=101,400円
 となる。

 これで約10万円の経費削減だ。

 もちろん、不正な手段であることは重々承知しているのだが……。

『俺らの時代は休憩なんてあってないようなものだった』

『バイトには相場より高い時給を払っているんだ』

「……そうだ。だからいいんだ。いいはず。今は仕方ない」

 自分自身に言い聞かせるように発した言葉とは裏腹に、見えない何かがのしかかっているように身体が重い。

 大晴は回転椅子の背にもたれかかって天井を仰ぐと、顔面を両手で覆った。

「いらっしゃいませー!」

 店員の一人が客の来店に気がついて威勢のいい声を出すと、他の店員たちも口々にいらっしゃいませと叫んだ。

 大晴も発声をしながら店の入り口に目をやると、そこには見知った顔が見えた。

「おーい、大晴! ラーメン食いに来たぞ」

「よう、青池。久しぶりだな」

 高校の同級生である青池涼太だ。

 工業高校だったので、工業的な業種に就職した同級生が多い中、大晴と青池は非工業的な業種に就職した少数派だ。

「一期堂のラーメンが好きで、高校の時からバイトで入ってそのまま就職して、今じゃ店長だもんなー。すげーよ、大晴は」

 一期堂は社長が30年前にK県内で創業した大人気ラーメン店で、今では関東を中心に30店舗を展開するチェーン店だ。

 大晴はアルバイト勤務を経て高校卒業と同時に『株式会社一期堂』に入社し、複数の店舗で経験を積んだ後、半年前から角宇乃店の店長となった。

 25歳の若さで店長になるのは社内でも早い方だが、K県エリアを統括するエリアマネージャーの和田が、大晴を店長に推薦してくれたのだ。

「お前だって、無職でフラフラしてた時代が嘘のようじゃん」

 青池は、高校を卒業しても定職に就かず、ロクな生活をしていなかったようなのだが、何があったのやらここ数年ですっかり更生して、店に顔を出してくれるようになった。

「そーいうこと言うなって!」

 そう言って、青池はちらりと隣に目をやった。

「ていうか、さっきから気になってんだけど……お連れの方は彼女?」

 大晴は、青池の隣に立つ少女を見た。

 すらりと背が高く、細く伸びた首に乗る頭部は小さい。モデルのようなスタイルだが、表情にはあどけなさが残る。

(多分高校生だよな。JKに手え出すって、大丈夫かよ)

「バカ! そーいうんじゃないって」

 青池は、全力で否定した。

「この人は俺の恩人のお嬢さんで、石山花音さん。一期堂のラーメン食ったことねえって言うから、今度行こうってことで、今日来たんだよ! 花音ちゃん、こいつは俺の高校の同級生の中村大晴」

 少女が、大晴に向かってペコリと会釈した。

(ふーん……)

 店内は昼時で混雑していたが、ちょうどカウンター席が並びで空いたので、二人を案内した。

 青池は座るや否やメニュー表をとると、ラーメンの種類を熱心に花音に解説している。

 青池も、大晴ほどではなかったものの、高校時代から一期堂のファンなのだが――。

(熱心に解説する理由は一期堂のラーメンに詳しいからというだけじゃないみたいだな)

 青池たちがラーメンと餃子を残さず平らげた頃には、昼時の混雑も少し落ち着きを見せた。

 帰ると言う青池から伝票を受け取ってレジに立つと、青池は少し身を乗り出すようにして大晴の顔を覗き込んできた。

「大晴、なんか疲れてね? 仕事、大変なん?」

 周りに聞こえないように、小声で青池が言う。

「えっ?」

 悩みが顔面に出てしまっていたのだろうか。大晴は無意識に手を頬に当てた。

「まあ……人手不足だからな、うちだけじゃないけど」

「おい、お前もしかして長時間労働になってんじゃないのか?」

「いや……」

「労基に相談しろよ」

「えぇっ!?」

「実は最近労基に世話になったんだけど、すげーいい人達だったんだよ。なんなら俺から大晴のこと紹介するからさ、相談してみろよ」

(ろ、労基だって? 相談なんかしたら、取り締まられるのは俺の方だ)

 大晴は青ざめながら、手を振った。

「いやいや、そーいうんじゃないんだ。だから大丈夫!」

 青池は、怪訝そうな表情だ。

「ほんとに? じゃあどうしたんだよ、その目の下のクマは」

(クマ?)

 確かに、最近は夜布団に入っても熟睡できない。

 浅い眠りを繰り返して朝になり、仕込みのために早朝から出勤する。

「あーこれは……そう、ゲームだよ、ゲーム! 最近オンラインゲームにはまっててさ、つい夜中までやっちまって」

「なんだ、ネトゲかよ。じゃあ俺も一緒にやるわ。招待しろよ」

(えっ! どうしよう……)

 困って目を泳がせると、青池の背後に立つ花音が手持無沙汰の様子で自分の長い髪の毛を触っているのが目に入る。

「おい、彼女を待たせるなよ」

「あっ。花音ちゃん、ごめん! じゃ、また連絡するから次はネトゲでな、大晴!」

 明るい笑顔で手を振ると、青池は花音を連れて店を後にした。

(青池、心配してくれてありがとう。でも……『悪』は俺の方なんだよ)

 陽キャのヤンキーな青池の明るい笑顔が、大晴にはいつも以上にまぶしく感じた。

§2

 店内が落ち着いたので、厨房のスタッフに声をかけ、大晴は一旦バックヤードに下がることにした。

(今日は和田さんが来る日だから、売り上げデータを用意しておかないと)

 エリアマネージャーの和田は、K県内の店舗を統括する管理職で、月に一度は角宇乃店にやってくる。

 売り上げの確認をして問題点の改善を検討したり、営業上のアドバイスをしたり、店舗の悩みごとの相談に応じるのがエリアマネージャーの仕事だ。

 和田は背が高く、学生時代はアメフトをしていたスポーツマンだ。顔つきも精悍で、店舗スタッフだった頃はよく女性の来店客から逆ナンされていたとか。

 モテるのは女性客からだけではない。経営幹部からの信望も厚く、社長が勇退して現副社長が社長となった際には、和田が次期副社長と目されている。

 大晴が売り上げデータを印刷していると、後方の扉が開いた。

 入ってきたのは、高校生アルバイトの脇本翼わきもとつばさ安西葉月あんざいはづきだ。

(今日は夕方からのシフトか。入り時間にはちょっと早いが……)

「店長、おはようございます」

 一期堂では、時間帯が何時でも、入り時間の挨拶は『おはようございます』としている。

「おはよう。二人とも早いね。シフトは夕方からじゃなかった?」

 脇本は、安西に目配せをしてから、ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。

「店長。やっぱり、先月のバイト代が少し足りないと思うんです。俺だけじゃなくて、安西もです」

 脇本が持ってきたのは、給与明細を印刷したものだった。一期堂では給与明細をデータ化しており、各スタッフにPDFで送付している。

 つまり、わざわざ印刷して細かく確認したのだろう。

「え、足りない? おかしいな、打刻したとおりで本社に送信したはずだけど……」

 答えながら、自分の目が泳いでいるのに気づく。

(落ち着け。相手は高校生だろ。大人が余裕をもって対応したら、負けたりなんかしない)

「二人で計算してみたんすけど。もしかして、忙しくて休憩取れなかった分が、入ってないんじゃないかって」

「!」

 人手不足と仕入れ価格の高騰のダブルパンチで、ここ数か月は、同じ時間に店に入る人員を一人減らしていた。

 このため、忙しい日は休憩を取ることもできずにシフトの終わり時間を迎えるということも珍しくない。

 その場合、勤怠管理用タブレットで休憩時間の入力を行わないので、休憩をとれなかった時間分はそのまま『労働時間』としてカウントされ、給料で支払われることになるのだが……。

「きゅ、休憩取れなかった分が入ってない……?」

 売り上げデータの紙をもつ手のひらに、じわじわと汗がにじみ出る。

「わかった、本社に聞いてみるよ。給与計算は本社でやってて、俺じゃわからないから」

「でも、店長……」

 脇本がさらに言いかけた時、バックヤードのドアが開いて和田が入ってきた。

「おつかれさまー」

「マネージャー、おつかれさまです」

 和田は脇本と安西を見ると、白い歯を見せた。

「脇本くんと安西くん……だったよな? おつかれさん! 今日は夕方のシフト?」

 和田は、アルバイトを含めて店舗のほとんどのスタッフの名前を憶えている。こういうところも、信望が厚い所以だ。

「は、はい!」

 脇本は直立不動で返事をしている。店長の大晴と違って、スーツをびしっと着こなしたエリアマネージャーの和田が相手だと、緊張するようだ。

「中村くん、データできてる?」

「あ、はい!」

(そうだ、訂正箇所に印をつけないと……)

 大晴は、いつもズボンのポケットに入れているボールペンを取り出そうとした。

(あ、しまった。さっきお客さんに貸したんだった)

 先ほどラーメンを配膳した時、サラリーマンらしい客からボールペンを貸してくれと頼まれ、思わず自分のボールペンを渡したのだが、返してもらうのを忘れてしまった。

 どこかに書くものはないかと周囲を見回した時、今日のところは諦めたらしい脇本が更衣室に移動する姿が目に入った。

(ちょうど和田さんが来て助かった。脇本くん……ごめんな)

「どうぞ」

「えっ」

 大晴が振り向くと、安西がペンを差し出していた。

「書くもの探してるんですよね? よかったら俺のどうぞ。バイト終わりまでに返してくれればいいんで」

「ありがとう。じゃあ借りるよ」

 大晴がボールペンを受け取ると、安西も更衣室の方へ歩いて行った。

「じゃあ、今月のミーティングはじめよっか、中村くん」

「あ、はい!」

 高校生には不釣り合いな重厚なデザインのペンを手に、大晴は和田に売り上げデータの説明を始めた。

 数日後。青池からLINEのメッセージが届いた。

『ネトゲの招待はまだかよ?』

(やば、既読つけちゃった)

 既読スルーするわけにもいかず、適当にごまかす返事を入力していると、厨房のスタッフが大晴を呼ぶ声がした。

 平日の午後2時。通常は客の少ない時間帯なので、バックヤードに下がって事務処理をしようと思ったのだが……。

(グループ客でも入ってきたのか?)

「忙しくなってきたー? 俺も出るわー」

 大晴がタオルを頭に巻き付けながら厨房に入っていくと、スタッフがカウンター席の向こう側を指さした。

「あちらの方が店長を呼んでほしいと……」

(え?)

 そこには、スーツ姿の男が二人立っていた。

 背が高く目つきの鋭い男と、大学生風の若い男だ。

(誰だ? でも、どこかで見たような……)

「店長は私ですが……どのようなご用件でしょうか」

 目つきの鋭い男が差し出した名刺を見て、大晴は心臓が止まりそうになった。

(労働基準監督官?!)

「角宇乃労働基準監督署の加平と申します。労働条件の調査で伺いました。労務管理書類を見せてもらえますか」

「えっ! あ、あの、ちょっとお待ちください」

 大晴はよろめきながらバックヤードに戻ると、和田の社用携帯に電話をかけた。

「和田さん! 今、店に労働基準監督官が来て、労務管理書類を出せと……」

『なんだって?!』

 和田も驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻すと、大晴に指示を出した。

 大晴が戻ると、労働基準監督官たちは手持無沙汰そうに店内を見回している。

「すみませんが、労務関係の書類は全て本社にありまして。上司に連絡したところ、後日必要書類を準備するので、日程調整させていただきたいと……」

「そうですか。どなたにご連絡すれば?」

 加平と名乗った労働基準監督官に、驚いた様子はない。

「エリアマネージャーの和田という者にお願いします。連絡先は――」

 和田の社用携帯の番号を伝えると、労働基準監督官の二人は意外とあっさりと帰って行った。

 大晴はバックヤードに戻って壁にもたれかかった。

(まさか、休憩時間の改ざんがバレたんじゃ……)

 両足がガタガタと震え出し、やがて立っていられなくなって、大晴はその場にしゃがみこんだのだった……。

§3

「中村くん、久しぶりだね。本当はこんな用件じゃなく会いたかったけど」

「はい……新保しんぼ副社長」

 副社長の新保は50代。創業当初から働いているたたき上げで、社長の右腕として、一期堂をここまで大きくした立役者の一人だ。

 大晴が一期堂でアルバイトを始めた頃は雲の上の人だったが、店長になった今は、顔と名前を覚えてもらえる程度に近づくことができた。

「新保副社長。私も柏倉かしくら先生と一緒に一通り書類を確認していますし、ご心配には及びません」

 柏倉先生とは、株式会社一期堂が契約している『柏倉・新井経営税務コンサルタント事務所』の代表だ。

 税理士や社会保険労務士も所属していて、経営・労務・税務を幅広くコンサルティングしてもらえるので重宝しているらしい。

 和田はエリアマネージャーとして複数の店舗を管理する中で、様々な相談を柏倉先生にしているらしい。

 今日、三人は角宇乃労働基準監督署に来ていた。

 加平という労働基準監督官と日程調整した結果、来店の二週間後である今日、角宇乃労働基準監督署の会議室で調査が行われることになった。

 大晴は、いつものTシャツに前掛けではなく、紺色のスーツに身を包んでいた。

 いつもスーツを着ている和田や新保と違って、着慣れていない感が出てしまっていたが、どんな調査が行われるのか心配で、そんなことはもはや気にならない。

「お待たせしました。加平と申します」

「時野です。本日はよろしくお願いします」

 会議室に入ってきたのは、二週間前に来店した二人だ。

 名刺交換をすると、導入的な雑談もなく、加平はすぐに調査を開始した。

 三六協定、労働時間の記録、賃金台帳、年次有給休暇管理簿、雇用契約書、就業規則、定期健康診断結果――。

 提示を求められた書類は、和田が準備した。その中に、大晴が休憩時間を改ざんした労働時間の記録も含まれている。

 労働基準監督官たちは、手際よく書類を確認していきながら、次々と質問を投げかけてきた。

 質問には、よどみなく和田が答えていく。

 大晴は、両手を握りしめながら、ただただその様子を見ていた。

(滞りなく終わってくれ、頼む――)

 一時間程経過しただろうか。どうやら、一通りの調査が終わったようだ。

「いかがでしょうか。当社の労務管理に問題はございましたか?」

 和田が訊ねると、二人の労働基準監督官は黙り込んだ。

 さすがは次期副社長の呼び声も高い和田である。柏倉先生との予習もばっちりで、労働基準監督官たちと対等に対峙している。

(耐えた……)

 大晴の緊張がやっと解けそうになった、その時――。

「角宇乃店の労働者から、賃金不払の相談がありました」

「!」

 和田もさすがに驚いた様子だ。

「賃金不払って……一体どこがでしょうか。私どもは、コンプライアンス違反となる行為は断じて行っておりません。先ほどから見ていただいて、おわかりでしょう?」

 大晴は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「相談者によれば、忙しくて休憩が取れなかった日があるが、その時間の賃金が払われていないと」

(脇本くんと安西くんだ……!)

 大晴は平等に(?)全てのスタッフの休憩時間を改ざんしたのだが、気がついたのはあの二人だけだ。

「そんなわけありません! 労働時間の記録をもう一度見てください! 休憩が取れていない日なんか、ありませんよ。ちゃんと休憩時間が入力されているでしょう? これは、労働者が自分で打刻するんですから。なあ、中村くん?」

 急に和田から話をふられて、大晴はびくんと肩を震わせた。

「はい……」

 絞り出すように返事をしたが、生きた心地がしない。ワイシャツの背中はぐっしょりと濡れていた。

「我々は、労働時間の記録の改ざんが行われたと考えています。つまり、休憩が取れていない日であるにもかかわらず、何者かが後から休憩時間を入力した。その分の賃金が不払になっていると」

(!)

「何者かって……」

 和田が言葉を詰まらせた。

「システム上、管理者権限のある人は、労働時間の記録を編集できますね?」

「ええ、まあ……。スタッフが打刻忘れすることもありますから、管理者が編集できる機能はありますが……」

「角宇乃店の労働時間の記録について、管理者権限があるのは?」

「それは……店舗では、ここにいる店長の中村だけです。本社の方では、エリアマネージャーの私と人事部長ですが……」

「そうですか」

 そう言うと、加平がA4の紙を机の上に出した。

 それは写真をプリントしたものだった。スマートフォンで撮影した写真を拡大したらしく、画像が粗い。

「これは……?」

「7月30日の勤務終了後に勤怠管理用タブレットの画面を撮影したものです。30日土曜日を見てください。この時点では休憩の入力はなく、8時間労働した記録になっています」

==========
 7月30日(土)
 勤怠:12:00-20:00
 休憩:-
 労働時間:8時間
 休憩時間:0時間
==========

 新保と和田が、身を乗り出して写真を覗き込んでいる。印刷の表面がざらざらと粗いが、確かに加平の言ったとおりの記録となっている。

 加平が、もう一枚の写真を出した。

「そしてこれは、翌日になってから、再度7月30日の記録を撮影したものです」

==========
 7月30日(土)
 勤怠:12:00-20:00
 休憩:14:00-15:00
 労働時間:7時間
 休憩時間:1時間
==========

(!)

 真夏にスーツは暑い。だが、暑さとは違う理由で、大晴は背中の汗が止まらなくなっていた。

「休憩時間が入力されています。つまり、7月30日の閉店後に、何者かが記録を改ざんしたということです」

「そんな……これは何かの間違いだ! 改ざんなんかするわけが……!」

 和田が珍しく大きな声を出したが――。

「ええ。改ざんをしたのは和田さんではありません」

「えっ?」

「本社所属の方は、土日がお休みだそうですね」

「え? ええ、そうですが……」

「7月30日は土曜日です。当日の閉店後もしくは翌日の開店前に改ざんしたと考えられますが、いずれにせよ本社の人は休みです。休日出勤して改ざんした可能性もありますが、それは考えにくい。変に休日出勤して勤怠管理システムにログインすれば、後で不審に思われかねない。わざわざそんなことをせずとも、月曜日になってから改ざんすればいいことです」

「え? 本社の人間じゃないということは……」

 会議室にいる4人の視線が、突き刺さるように痛い。

「店長の中村さん。あなたですね? 休憩時間を改ざんしたのは」

 大晴は身体が硬直した。背中に流れていた汗が急速に冷えて、氷のように背筋が冷たい。

(詰んだ――)

ー第4話〈中編〉に続くー


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