旅慣れた男が、チェコ初日で9万円失った話
※この記事は「仁川の話」まで無料で読めます。「プラハからの話」は有料です。
本当は、昼過ぎにはキヨフ(Kyjov)という町に着いているはずだった。
モラヴィア地方の草原を歩いて、ロケハンをして、夕暮れを撮るはずだった。
結果から言う。 その日、キヨフに着いたのは夜だった。
しかも、余計に9万円払って。
到着したホテルのフロントはもうすでに閉まっていて、入り口のキーボックスから鍵を取り出し、一人で部屋に入った。 何がどう狂ったのか。順番に書く。
僕のことを少し
僕はロケーションコーディネーターをしている。 Netflix、Amazon、ハリウッド映画、海外作品の撮影現場で、ロケ地を探し、交渉し、管理する仕事だ。2017年からは海外案件を専門にやってきた。
飛行機には、わりと乗り慣れている。 乗り継ぎも、空港の動線も、ある程度わかっているつもりだった。
今回のチェコ行きも、ただの旅行ではない。 自社ドキュメンタリーのネタ探し、写真撮影、YouTube素材の収集。いくつかの目的が重なった仕事の旅だった。
だから、余計に思っていた。
自分は旅慣れている。
この話は、その思い込みから始まる。
4月7日、成田発
4月7日午後1時5分、成田を出た。 最初の目的地はソウル・仁川空港。そこで乗り継いでアブダビへ、さらにプラハへ向かう予定だった。
Trip.comで「東京→プラハ」で検索して事前に買った航空券。
エアプレミアとエティハド航空を組み合わせた格安ルートだった。
見た目は普通だった。少なくとも、その時の自分にはそう見えた。
仁川に着いたのは午後3時40分。 次の便までは2時間10分。
保安検査を通り、免税エリアに入った。 ゲート近くの席に座ってノートパソコンを開く。仕事のメールを片付けようと思った。
2時間ある。余裕だ。 そう思った。
今振り返ると、あの瞬間にすでに間違っていた。
「あなた、チェックインしていませんよ」
搭乗時刻が近づき、ゲートへ向かった。 パスポートを出す。スタッフが画面を見る。こちらを見る。
「チェックインが済んでいません。搭乗できません」
一瞬、意味がわからなかった。
……え?
保安検査は通った。 免税エリアにも入っている。 なのに乗れない?
「チェックインって、どこでするんですか?」
スタッフは淡々と答えた。
「一度韓国に入国して、チェックインカウンターで手続きして、また出国する必要がありました」
そこでようやく理解した。
旅程表に書かれていた、あの一行。 「スルーバゲージ対象外」
あれはつまり、 ソウルで一度入国し、航空会社ごとにチェックインし直す必要がある、という意味だった。
別々の航空会社を組み合わせたチケット。 見た目は一本の旅程でも、中身はそうじゃなかった。
正直に言うと、その時点でかなりショックだった。 でも、あとからもっと嫌だったのは、それをまったく想定していなかった自分に気づいたことだった。
わかっていたんじゃない。運がよかっただけだった。
後から振り返って、やっとわかった。
これまで格安航空券を買う時は、乗り継ぎ時間がいつも長かった。10時間以上あることも珍しくなかった。だから一度入国するのが当たり前だった。
その乗り継ぎ国で一致泊したりあるいは、同じ航空会社同士の乗り継ぎで、再チェックイン不要のケースしか経験してこなかった。
つまり、自分はわかっていたんじゃない。 たまたま今まで、このパターンに当たらなかっただけだった。
「旅慣れている」と思っていた。 でも実際は、事故らずに済んできただけだった。
2時間10分で、入国して、チェックインして、また出国して、搭乗できたのか。 今となってはわからない。できたかもしれないし、無理だったかもしれない。
でも、その議論に意味はない。 なぜなら、自分はそれを試しもしなかったからだ。
免税エリアで仕事をしていた。 余裕だと思っていた。 その間に、乗るはずだった飛行機は遠ざかっていった。
呆然と、それを見送った。
一人で逆走する、仁川空港
しばらくして、エアプレミアのスタッフが来た。 その人に付き添われる形で、保安検査場を逆方向に戻った。
人の流れに逆らって歩く。 あの感覚は妙に生々しかった。 本来なら出国して飛ぶ側だったのに、今は入国しに行く側になっている。
通り過ぎる人、皆これから異国へ旅立つのに自分は。。。
入国審査のカウンターで、審査官に聞かれた。
「韓国での滞在先は?」
「滞在しません」
「。。。。?」
そうだろうな、意味がわからないだろうな。そう感じ、
「トランジットが……接続がうまくいかなくて」
自分で言いながら、情けなかった。 説明している内容も、その声の響きも。
相手は納得し、ただ事務的に処理する。 当然だ。そういう仕事だから。
でも、その淡々とした反応が、妙にこたえた。 自分の悲壮感なんて、誰にも関係ない。
そのことが、妙に身に染みた。
9万円
韓国入国したあと、休み間も無くすぐにスマートフォンで航空券を探した。
ソウルからチェコへ飛べる便。その日のうちに出られるもの。
エミレーツ航空。 ソウル→ドバイ→プラハ。
9万円。
指が一瞬止まった。 でも、止まったところで状況は変わらない。買うしかなかった。
そのまま決済した。
クレジットカードで買うという行為の無機質さといったらない。こうゆうときは特にそう感じる。
エミレーツのチェックインカウンターへ向かう。 怪訝な顔でスタッフに聞かれる。
「どちらからいらっしゃいましたか?」
「東京からです」
「え、東京から?」
その反応が少しだけ痛かった。 だから、また説明することになり
「あ、あの、、、乗る予定の飛行機に乗れなかったので、買い直しました」
相手は特に驚きもせず、同情もせず、叱りもせず、 「そうですか」とだけ言って処理を続けた。
もっと同情してほしい。意味ないけどそう感じた。。
それが、この日二度目の孤独だった。
誰にも伝わらない。 伝わったところで、どうにもならない。 ただ、自分だけが痛い。
午後11時55分、ソウル発。 ドバイ経由で、プラハへ。
ようやく飛び立った。
窓の外はのどかで、こちらだけが焦っていた
4月8日午後1時16分。 プラハ・ヴァーツラフ・ハヴェル国際空港に着いた。
入国を終えて外に出たのは1時40分ごろ。 AEバスに乗ったのは2時過ぎ。 プラハ中央駅までは、渋滞込みで40〜50分。
予約していた列車は、15時01分発だった。
間に合う。 そう思っていた。
駅に着いたのは、15時02分だった。
チェコの駅には改札がない。 ホームまでは誰でも入れる。
だから走った。
バックパックと機材を抱えたまま、ホームへ向かって走った。 ただ、予約していたRegioJetが何番ホームにいるのか、まだ出発していないのか——それを確認する余裕がなかった。
電光掲示板に「ブルノ行き」の文字が見えた。 その瞬間、もう考える余裕はなかった。飛び乗った。
乗ってから気づいた。 予約していた列車ではなかった。
でも、もうその時には「しまった」より先に、もういいという感情が来ていた。 怒りでもない。混乱でもない。 静かな、諦めだった。
591チェコ・コルナを払った。日本円で約4,650円。 最初に予約していた乗れなかったRegioJetの料金、3,182円もそのまま消えた。
9万円のあとだ。 金額だけ見れば小さい。 でも、心にはちゃんと積み重なっていた。
「ああ、今日はこういう日なんだな」
そう思いながら、席に座った。
列車はゆっくり走った。 窓の外には、チェコの田舎の景色が流れていく。 牧草地があって、家があって、空が広かった。
のどかだった。 こちらの気持ちだけが、景色と釣り合っていなかった。
本当なら、昼過ぎにはキヨフに着いているはずだった。 草原を歩いているはずだった。 夕方の光を見ているはずだった。
でも現実には、車窓を見ながら、ホテルに遅れるメールをしていた。
「チェックインが遅れます」
それだけを送った。 飛行機に乗れなかったことも、列車を逃したことも、書かなかった。 ただ事実だけを伝えた。

ホテルの返事は優しかった。
「問題ありません。入り口のキーボックスに鍵を入れておきます」
その短い文面に、少しだけ救われた。
静かな部屋で、気づいたこと
ブルノに着いたのは夜6時台。 そこからさらに、キヨフ行きの列車に乗り換えた。
あまりに体が疲れ切っていたので意識がだいぶ遠のいていたが
キヨフに着いた頃にはもう暗くなっていた。 Penzion Longusの入り口でキーボックスを開け、鍵を取り出し、一人で中に入る。
静かだった。
荷物を下ろした瞬間、どっと疲れが来た。
部屋は小さくて、清潔で、余計なものが何もなかった。 ベッドがあって、窓があって、外には暗い街が見えた。
本当は昼過ぎにここにいるはずだった。 草原を歩いて、カメラを構えているはずだった。 それが、ようやく夜に着いた。
この日一日で消えた余計な出費—— ソウルで買い直した航空券が9万円。 プラハで乗り直した列車代が4,650円。 乗れなかったRegioJetの予約分が3,182円。
数字を並べると、笑えない。
でも不思議なことに、怒りはもうほとんどなかった。
誰かに騙されたわけじゃない。 旅程表には「スルーバゲージ対象外」と書かれていた。 プラハ到着後の動線も、もう少し丁寧に考えれば読めた。
全部、まあ大丈夫だろうで進めた自分の結果だった。
怒る相手がいないと、人は静かになる。
静かな部屋で一人、今日という日をゆっくり反芻した。
旅慣れているつもりでいた。 段取りに慣れているつもりでいた。 でも、慣れは少しずつ、注意深さを削っていく。
知っているつもりが、確認を省かせる。 余裕があるつもりが、準備を怠らせる。 大丈夫なはずが、詰めを甘くさせる。
仕事でも、きっと同じだ。 長くやっていると、慣れが見えなくさせるものがある。 それに気づかないまま、どこかで静かにやらかしている。
旅は、それを教えてくれる場所でもある。
翌朝、モラヴィアの草原で
キヨフの街を出て、カメラを持って歩いた。
知らない町でどのようにいけばたどり着くのかわからず手探りだったがその道中は期待でしかなかった。
グーグルで検索した結果はすぐ近くにそれがあることがわかった。
バスに揺られ車窓から見える景色に期待が膨らむ。
バスを降りてすぐの並木道から確信へと変わった。
「ここだ!」
太陽がまだ上りきっていないので並木道の木々に光が当たってとても綺麗だった。
当たりだ!

南モラヴィアの草原が、目の前に広がった。

言葉が出なかった。
5年間、ずっと来たかった場所だった。 写真で見て、いつかここに立ちたいと思い続けた。 その場所が、本当に目の前にあった。
地元の人にとっては、なんでもない草原かもしれない。 でも、自分にとっては違った。
何にも代え難い景色だった。
9万円のこと。 2分差で乗れなかった列車のこと。 「TOORU」の綴りミスのこと。 キーボックスから鍵を取り出した、あの夜のこと。
全部、少しずつ遠のいていった。
ただ、広かった。 ただ、綺麗だった。
気づいたら、声がダダ漏れて 感嘆の声だった。
それから、なぜかじんわりと涙が溢れてきた。
疲れが出たのか。 感動したのか。 やっと着いた安堵なのか。
たぶん、全部だった。
これを見るために来たんだと思った。
もう一つの爆弾
キヨフでの日々は、穏やかだった。
撮影は順調で、宿は静かで、草原は美しかった。 初日のドタバタが、少しずつ遠い記憶になっていった。
4月11日の夜。 スマートフォンを見ていて、ふと何か気になりメールを確認した。
プラハで取っていたホテルの予約確認。 4月10日に入れたやつだ。
そこに書かれていた名前が、
TORU HAYAKAWA
になっていた。
……あれ、と思った。
自分の名前は TOORU だ。 「O」が一個足りない。
気づいた瞬間、胃がきゅっとした。
パスポートの表記と予約名が違う。 ホテルで問題になるのか。 追加料金を取られるのか。 最悪、チェックインできないのか。
全部わからない。 実際にフロントへ行くまで、何もわからない。
26年この仕事をしてきた。 段取りを組むのが仕事だ。 ロケ地の交渉も、撮影の手配も、全部そうやってきた。
その人間が、自分の名前の綴りを間違えた。
言い訳がきかなかった。
結果的には、ホテルは何も言わなかった。 笑顔で迎えてくれて、そのまま通してくれた。
でも、チェックインするまでの数日間、ずっと小さな不安が胸の奥にあった。
派手なトラブルじゃない。 ただ、こういう小さい不安の方が、妙に長く残る。 静かに、じわじわと。
人はなぜ旅に出るのだろう、と時々考える。
段取りを整えて、チケットを買って、荷物を持って。 それだけの手間をかけて、わざわざ知らない場所へ行く。
たぶん、それは「はず」を壊しに行くことなのだと思う。
日常の中にいると、自分の「わかっているつもり」が積み重なっていく。 慣れたルーティン、慣れた判断、慣れた安心感。
旅は、それをひとつひとつ剥がしていく。
乗れるはずの飛行機を逃して。 間に合うはずの列車を逃して。 知っているはずの自分の名前を間違えて。
そうやって「はず」が崩れるたびに、自分の輪郭が少しだけはっきりしてくる。
僕は旅慣れていると思っていた。 でも実際は、失敗を重ねながら、少しずつわかっていく人間だった。
それでいいと、今は思っている。
やらかしても、来ればいい。 ちゃんと着けばいい。 その先に、自分が本当に見たかった景色があるなら——それでいい。
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