野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第4話 真葛の文体を培ったもの――真葛落穂拾い(8)
→ 野口良平著「幕末人物列伝」マガジンtopへ
→ 野口良平「幕末人物列伝」総目次
← 真葛落ち穂拾い(1)(著者プロフィールあり) へ戻る
← 真葛落ち穂拾い(7) へ戻る
8 「正直」とは――宣長の見方、清少納言の見方
「邪法考」(と呼ぶことにする)のなかで真葛は、「日本は正直国」だと記し、正直な心を「日本心」として、異国の不正直(邪法)に対置させている。このコントラストは、真葛も読んでいた本居宣長(1730-1801)のモチーフだった「漢意」批判を連想させる。
宣長は、「漢意」と「大和心」を対立させたことで知られている。これはふつう、「中国的なもの」に対して「日本的なもの」を称揚する、排外主義的姿勢の現われとして理解されているが、宣長の言わんとするところに耳をかたむけてみると、「中国」対「日本」の対比は二次的なものでしかないことがわかる。

本居宣長記念館
宣長が光をあてようとしていたのは、何事も概念的に先入見で決めてかかる心的態度と、先入見を捨てて物事に向き合う心的態度の対照だった。
そして、外国か日本かを問わず、人であれば誰にでもそなわっている(と宣長の考える)、「よくもあしくも、うまれつきたるまゝの心」(『玉勝間』)を「真心」とよび、「漢意」と「大和心」(漢意にも染まりうる日常心)の対立を克服する根拠とみなそうとした。
真葛の「正直な心」には、宣長の「真心」とも通じ合う内容が、未整理のままに仮託されていたのではないかと、私は思う。
論考から随筆、回想、説話、紀行文、消息文(手紙)にいたる真葛の散文の文体をつらぬく特徴は、まさにその「正直」さにある。
真葛は幼少期から古典に親しんではいたが、もちろんただ古典を受動的に学び、これに習熟するだけでは、同時代の列島の状況と格闘する力にはならない。その格闘を支える新しい文体は、やはり自分自身で探りあてなければならないのだ。
初学者の女性にむけた「女子文章訓」のなかで真葛は、文章表現を習うなら清少納言の『枕草子』を学ぶとよい、とのべている。
『枕草子』(1001年ごろ完成)は、自分が感じ、思ったことを自由かつ正直に書くことのできる言葉を、ひらがなを駆使して表現する道を切り開いた古典である。この自分がステキだ(「をかし」)と思い感じるもの、そうではないものを、鋭く豊かな観察眼でとらえ、伸縮自在の長さで描き出していく。このスタイルは、文章日本語の成立に際して一つの重要な基準をつくりだした。

とはいえ、真葛は清少納言ではない。『枕草子』には、筆者を含む宮廷女性たちが、火事で家を焼かれた下層階級の男性の貧乏と無学を笑いのめすくだりが出てくる(297段)。
無学な下人を貴人が同じ人間扱いしないのも、一つの「正直」ではある。だがもし真葛がこの段を読んでいたとすれば、では「正直」とは何なのかと、あらためて問わずにはいられなかったのではないか。

← 野口良平著「幕末人物列伝」マガジンtopへ
← 野口良平著「幕末人物列伝」総目次
← 真葛落ち穂拾い(1)(著者プロフィールあり) へ戻る
← 真葛落ち穂拾い(7) へ戻る
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※ヘッダー写真:三重県松阪市、本居宣長旧宅跡(編集部)
*「中宮定子の二条宮跡」写真:著者撮影
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆著作権等について
・全文章の著作権は、著者(野口良平先生)に(版権は、編集工房けいこう舎に)帰属します。
・記事全体のシェア、リンク、ご紹介は、とっても嬉しいです!! ありがとうございます!!
(編集人)
