野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第6話 渡辺崋山(5)
←「渡辺崋山」(4)からのつづき
→ 野口良平著「幕末人物列伝」マガジンtopへ
→ 野口良平「幕末人物列伝」総目次
5
家督をついだ崋山をまっていたのは、藩のお家騒動だった。
文政10(1827)年、十代藩主三宅康明(1800-27)が若くして世を去った。
崋山は少年期に康明の世話係をしていたこともあり、藩主一家には私情を介した忠誠心を抱いていた。
血筋からいえば後継者は異母弟の友信(1807-86)だったが、藩首脳陣は、藩財政再建の一策として、財力豊富な姫路藩酒井家の六男稲若を、持参金目あてに養嗣子として藩主にむかえる動きを示した。崋山は、真木定前(1797-1844)ら同志とともに強く反対し、友信擁立に動いた。自らの無為無能を棚に上げ、その場しのぎの策で藩政を牛耳り、主筋をも操ろうとする首脳陣に対し、強い義憤をおぼえたのである。
だが結局、当主は稲若あらため三宅康直(1811-93)にきまる。
自暴自棄になった崋山は、飲酒におぼれ、画業も怠り、家計はさらに窮したが、藩政の混乱をおそれた首脳部は、友信派をなだめるため、友信に前藩主(老公)の格式をあたえ、巣鴨に別邸を用意するとともに、崋山をその側用人とした。
一方、苦労知らずの新藩主の奢侈乱脈も手伝って藩財政の破綻が進み、天保3(1832)年、結局崋山は年寄役末席(江戸詰め家老)に任じられた。
再度の政治的挫折をへて画業を天職と見定めていた崋山には、迷惑このうえない話だった。
自分が画業から離れれば、本朝の絵画史に真面目をもたらす可能性が絶たれてしまうと、田原の友人で藩医の鈴木春山(1801-46)宛書簡で苦衷を訴えたが、崋山のいつわらざる自負であり、本心だっただろう。
画業と政治と。崋山の心はこの時まっぷたつに引き裂かれた。それでも、君命を拒んでの藩籍離脱は崋山にはできなかった。

藩政改革に参与する以上は、やるべきことはやるというのが崋山の覚悟である。
かかげた根本方針は、道義の普及と人材養成だった。
改革の実をあげるため、家格本位の「家禄制」から職務本位の「格高制」への給与体系の転換をはかる一方で、農学者大蔵永常(1768-1861?)を田原に招き、稲作の技術改良をはじめとする殖産興業を推進した。


天保6(1835)年 茨城大学図書館蔵
(国書データベース,https://doi.org/10.20730/100384864 https://kokusho.nijl.ac.jp/api/iiif/100384864/v4/IBRK/IBRK-10377/IBRK-10377-00001.tif/full/full/0/default.jpg)

渡辺崋山『崋山全集』第2巻,崋山会,明治43-大正4. に所収
(国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2387587)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2387587/1/113
天保4(1833)年、崋山は公用をかねて藩領や隣国の実地検分におもむいた。渥美半島南端の伊良湖崎から船で神島に渡った時の印象が、旅日記『参海雑志』に描かれている。
「かの桃源にいりし漁夫もかくやと思い出しなり」。
土地の漁師や海女たちの純朴さは、江戸にくらべて別天地のようだ。翌早暁、磯の大岩によじのぼった崋山の眼前に開けてきた光景。
――はてしなき海原の大空につらなりて、横雲の赤く紫にたなびきたるさま、波のみどり深く黒みたる、西人〔西洋人〕の称る大東洋〔太平洋〕にして、かの亞墨利加とかいえるわたりもこの海原よりつらなれりと思ふに、まことによの外の思ひを生じ、しばしながむる間、越戸、小塩津の山とも見ゆるかたに、丹塗りの盆にこがねの針うへたるやうにゆらゆらとさし登る旭の光は紺碧の波を射て、画にも口にも及がたきありさまなり。

パブリック・ドメイン /ファイル:Kami-island.JPG
二年後、奥州でおこった飢饉をきっかけに田原でも凶荒対策をせまられた際、米を貯蔵する報民倉を建設。
その翌年の田原大飢饉に際しては、その報民倉を開け、大病を抱えながら用人の真木定前や藩医の鈴木春山らに指示をあたえて救民活動にうちこみ、藩領では一人の餓死者も出さなかったと言われている。

田原市博物館蔵★★
← 「渡辺崋山」(4)へ戻る
→ 野口良平著「幕末人物列伝」マガジンtopへ
→ 野口良平「幕末人物列伝」総目次
→ けいこう舎マガジンtop
■写真について
※ヘッダー写真:崋山画「神島渡海」『参海雑志』
https://dl.ndl.go.jp/pid/2387587/1/118
渡辺崋山『崋山全集』第2巻,崋山会,明治43-大正4. に所収
(国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2387587
■参考文献
■著者プロフィール
野口良平 のぐち・りょうへい
思想史家、文筆家。
著書に『「大菩薩峠」の世界像』(平凡社、2009年、第一八回橋本峰雄賞受賞)、『幕末的思考』(みすず書房、2017年)、最新刊に『列島哲学史』(みすず書房、2025年)がある。
訳書にルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ 米国一〇〇年の精神史』(共訳、みすず書房、2011年)、マイケル・ワート『明治維新の敗者たち 小栗上野介をめぐる記憶と歴史』(みすず書房、2019年)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*全文章の著作権は、著者(野口良平先生)に、版権は、編集工房けいこう舎に帰属します。無断転載はなさらないでくださいませ。
もちろん、記事全体のリンク、シェア、ご紹介は嬉しいです!
(けいこう舎編集部)
