【文化・日本語】「食べられる」には3つの意味がある——日本人が無意識に使い分けている言葉の話
日本人は日常的に「食べられる」という言葉を使っています。
ところが、この一つの言葉に3つの異なる意味が含まれていることを、明確に意識している人は意外と少ないのではないでしょうか。
なんとなく文脈で理解しているのですが、整理してみると非常に興味深い構造が見えてきます。
① 可能(〜することができる)
「このキノコは食べられる」
有毒ではなく、口にしても安全だという意味です。
② 受身(〜される)
「猫にエサを食べられた」
自分の意図とは関係なく、他者によって行われたことを表します。
③ 尊敬(〜なさる)
「先生が食べられる」
目上の方の動作を丁寧に表現する敬語です。
この3つはすべて「食べられる」という同じ形です。文脈がなければどの意味か判断できません。それでも日常会話でほぼ混乱が起きないのは、日本人が状況から自然に読み取る力を無意識に身につけているからと考えられます。
ここで注目したいのが「ら抜き言葉」の問題です。「食べれる」という表現は、文法的には誤りとされています。ただ、なぜこの形が話し言葉で広まったかには、実は合理的な背景があります。「食べられる」が3つの意味を持つため、可能の意味だけを明確に伝えたいという無意識の動機が働いた結果ではないでしょうか。
誤りが生まれる理由には、往々にして人間の言語的な本能が絡んでいます。それを知ったうえで、書き言葉やビジネスの場では正しい形「食べられる」を意識して使うことが大切です。
捕捉−−日本語を学ぶ外国人は、日本人より「食べられる」を理解している
日本語を学んでいる多くの外国人は、この「食べられる」という日本語の表現には3つの意味があるということを理解しています。
日本語を学ぶ外国人が使う代表的な教材(『みんなの日本語』『げんき』など)では、「られる」の使い方を可能・受身・尊敬といった意味別に体系的かつ明示的に教えています。
つまり外国人学習者は、日本人が「なんとなく」身につけているものを、ルールとして頭で理解したうえで使っているわけです。
これは言語学習において非常によく見られる現象です。
母語話者:幼少期から自然に習得するため、感覚的にわかるが説明できない
外国語学習者:文法ルールを明示的に学ぶため、説明はできるが自然に出てくるまでに時間がかかる
どちらが優れているというわけではなく、知識の種類が違うと考えるのが正確ではないでしょうか。
ただ、「食べられるに3つの意味がある」と聞かれたとき、きちんと答えられるのはおそらく外国人学習者のほうが多い傾向があります。これは日本人として少し恥ずかしいような、でも非常に面白い逆転現象ではないでしょうか。
外国人の中には、日本人は日本語 ネイティブだから 正しい日本語を話していると思っているわけですが、日本人と言ってもいつも正しい日本語を話している人ばかりではないので、日本語を高いレベルで習得した外国人の中には、間違った日本語を使っている場面に遭遇すると、違和感を覚える外国人もいるみたいです。
自分の母語を外国人のほうが体系的に理解している——この事実は、正しい日本語を意識することの大切さを改めて気づかせてくれます。
正しい日本語を使うことは、読者への敬意でもあります。
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