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メタバースでも変わらない

 誰かに振り回されるのに、すっかり嫌気が差しちゃって、逃げ込んだのは仮想空間(メタバース)。だけどここもやっぱり「おんなじ」で。変な人に追いかけ回されたり、気が合うと思ってた人とも気まずくなったり。結局、「ひとりがいい」と感じているのは何も変わらない。

 そうしてこっちの世界でも、自分の内に閉じこもる日々。そこではじめて「写真の楽しさ」を知ったけど。いつの間にか、覚えのない立派な肩書が、ちらつくようになっていた。どうしても他人(ひと)と比べてしまったり、納期に追われてシャッターを切るのは、なんだかもう、息が詰まりそうで。居心地いいと思えたところでも、ほらもう逃げ出したくなってる。

 僕はただ自然体で、心地よく過ごしたいと思っているだけ。なのにそれが一番難しくて。きっとものすごく贅沢な望みなんだろう。ひとりでいるのは楽だけど、ひとりじゃ得られないもの――満たせない部分も確かにあって。そんな当たり前の「リアル」をこっち(仮想現実)でも突き付けられてる。

 そう。仮想であっても「現実」なのは変わらなくて。どこまで行っても、「自分」からは逃げられない。雨でびっしょりと濡れた洋服みたいに、肌に張りついて脱げやしなくて。雨をしのげる「居場所」を求めたって、自分が変わらなければ、そんなのどこにもないんだろう。

 どこに居ても、誰と過ごしても、どこか息苦しいと感じる。生き苦しい。もっと鈍感でいられたらいいのに。そう思うとすぐさま、誰かがつぶやく。「――他人の痛みには鈍感なくせに」って。

 自分を変える、変わろうとする決意。ついこの前、心動かされたばかりの勇ましい言葉が頭をよぎる。だけど、変わりたくない、このままでいたいという汚泥のような倦怠感が、あっという間に小さな光を塗りつぶしていく。「誰かの期待に応えるために、生きているわけじゃないんだから」なんて、子どもじみた言い訳とともに。

――空気が恋しい。

 「どうして僕はこうなんだろう」という気持ちと、「仕方ないじゃない、そういう『カタチ』なんだから」という諦めがぶつかり合って、今日も僕のちっぽけな脳を、グチャグチャにしていく。猫の多頭飼いをしてるような、いつまでも片付くことがない、部屋とワイシャツと僕(の思考)。

 「メタバースでも変わらない」なんて、大げさなタイトルをつけたけど。メタバースでも「変われない自分」がいるだけの話で。

 こうして今日も窒息しそうになりながら。それでもゆっくりと、少しずつ肺に空気を送り込んでは、溜まったものと一緒に弱音まで吐きだしていく。別にいいでしょ?別の人格なんだから。

 わかって欲しい、なんて思わない。誰かと分かち合うつもりなんてない。この苦しみは僕だけのもので、この不適応のなかに、自分だけのカタチが、きっと見えてくると信じているから。


撮影ワールド:A Promise In December/Apathy さん

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