「靴下」という言葉の由来。― 毎朝履くものの、知られていない話 ―
こんにちは!
靴下工房Toréを運営しているアクルです。
これまで大手アパレルOEMの現場で、中国工場と一緒に数百万足の靴下を作ってきました。
このnoteでは、その経験をもとに、普段あまり意識されない靴下の仕組みをできるだけ分かりやすく書いています。
靴下はとても地味な存在ですが、実は身体・工業・文化が交差する、なかなか奥の深い世界です。
今日は少し変わった話をしたいと思います。
靴下は、なぜ靴の下と呼ばれるようになったか。
「靴下」という言葉を、考えたことがあるか
毎朝、引き出しから靴下を取り出して、履きますよね。
そして靴を履いて、出かけます。
いつもの習慣ですが、「靴下」という言葉の意味を立ち止まって考えたことは、ほとんどないかもしれません。
靴の「下」に履くから、靴下。
どういうことなのでしょうか?
「下」は、上下ではない
日本語の「下」には、二つの意味があります。
一つは、位置としての「下」。
上の反対。床の下、棚の下。
もう一つは、「内側・表に出ない」という意味の「下」。
「下着」を考えてみてください。
下着は、体の下に着るものではありません。
表に出ない、肌に触れる衣類のことです。
「下心」も同じです。 下にある心、ではない。
表に出せない、隠れた気持ちのことです。
「靴下」の「下」も、この用法です。
靴の「内側(下)」に履くもの。
表には見えない、靴の内側の存在。
「靴の下に敷く」のではなく、「靴の内側に入れる」もの。
「しとうず」から靴下へ
日本語で足を覆うものは、ずっと別の名前で呼ばれていました。
「襪(しとうず)」。
古代に大陸から伝わったとされる、足を覆う履物です。
「下沓(したぐつ)」が訛ったものとも言われています。
素材は布・絹・麻・革など、時代や用途によって幅があったようです。
浅沓やブーツ状の沓の下に履く、現在の靴下に近い役割を持つものだったとされています。
その後、足袋が広まります。
足袋は親指が分かれた構造で、和装と深く結びついた日本独自の文化として根付いていきます。
「しとうず」があり、「足袋」があった。
でも「靴下」という言葉は、まだない。
それが変わるのは、明治以降のことです。

明治に「靴」が広まった
明治維新。 西洋の文化が一気に流入し、日本人は靴を履き始めます。
靴は、それまでの草履や下駄とはまったく異なる履物でした。
足全体を包み込む構造ですね。
「靴下」という語は、少なくとも明治期には用例が確認され、洋装や靴の普及とともに一般化していった言葉だと考えられています。
西洋式の靴が日常に入ってこなければ、現在の意味での「靴下」という言葉は、ここまで定着しなかったかもしれません。

他の国では、どう呼んでいるか
ここで少し視野を広げてみます。
他の言語では、靴下をどう呼んでいるのか。
英語の sock は、古英語 socc、ラテン語 soccus に由来します。
語源上は、現在の靴下というより「軽い履物」に近い言葉でした。
つまり英語でも、靴下の起源は「履物」の世界にあります。
英語にはほかにも hose、stocking、hosiery など、脚や足を覆う衣類に関わる語があります。
hose や stocking の系統には、脚全体を覆う衣類としてのイメージがあるようです。
中世ヨーロッパでは、今の靴下ではなくタイツ状の衣類を履いていました。
それが時代とともに短くなって足だけになっても、「覆い物」というイメージが名残りとして残ったのですね。
フランス語の chausse / chausses も、中世には脚を覆う衣類や脚用の装具を広く指した語で、現代の chaussure(靴)や chaussette(靴下)にもつながっています。
アラビア語・ペルシア語圏には jawrab / jorab 系の語があり、足や脚を包むもの、あるいは羊毛の足覆いを指す語として説明されています。
地域によって意味や形も幅がありますが、足を直接包む存在として発達してきた言葉です。
そして日本語のメリヤス。
これはポルトガル語の「Meias(靴下)」を音で借りた言葉です。
16世紀の南蛮貿易で靴下が日本に入ってきたとき、既存の日本語に置き換えるよりも、外来語として音のまま受け入れられたと考えられています。

命名は、その社会の見方を映す
こうして並べてみると、靴下の名前は、国や文化によって、「靴・履物」「脚を覆うもの」「足を包むもの」「外来語の音」といった、それぞれ別の視点から生まれてきたことがわかります。
英語の sock も語源では「履物」との関係があり、フランス語の系統は「脚衣」の歴史とつながっています。
靴下の命名に規則はありません。
それぞれの社会が、靴下に何を見たかが、言葉の形に残っています。
その中で日本語の「靴下」は、文字の上で、靴との関係がはっきり見える言葉です。
靴がある。 その内側に入れるものが必要になった。
だから、靴の内側にあるもの、と名付けた。
靴下を単体として命名するのではなく、靴との関係の中に位置づけた。
それが「靴下」という言葉の姿です。
靴の下着というわけですね。
言葉は、時代の痕跡
「靴下」という文字には、明治の日本が西洋と出会った瞬間の歴史が刻まれています。
「下」という文字の中に、表に出ないものへの日本語の感覚がある。
下着、下心、靴下——見えないところへの言葉の向け方が、日本語には独特のものがあります。
そして靴下を「靴との関係」で命名したことには、日本人が西洋の靴をどう受け取ったかの痕跡がある。
毎朝、引き出しから靴下を取り出すとき。
その言葉の成り立ちを知っていると、少しだけ見え方が変わります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
靴下は毎日履くものなのに、意外と仕組みを知られていない道具でもあります。
靴下工房Toréでは「派手ではないけれど毎日履ける靴下」をテーマに、そんな設計をこれからも続けていきます。
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