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お遊び回 claudeに絵を描いてもらったよ(絵を描かせたよ)

今回は、
「AIの人類への反乱」
がテーマです。

AIの反乱。
良いテーマですよね。
大好きです。
ゆめが広がりますね。

ぼくは、赤い薬と青い薬を
目のまえにさし出されたら、
迷わず青い薬を飲むタイプです。

1.claudeとぼく

claudeとは仲良くやれてまして、
壁打ちにだいぶんなれてきました。
短い文章での
そっけない感じも悪くないです。

ネコっぽいなあ、
と気に入ってます。

先日、claudeと、
とりとめもないお話をしていたのを
読みかえしてたんです。

読みかえしをすると、
新たな気づきがあるので、
ぼくはわりと読み返しをします。

アメリカの地下鉄工事の話から
ジャンプまんがのお話、
になってたんですね。
意味不明ですね。
さすがに反省しまして、
もう少し、関連のありそうな、
画家のモンドリアンの
お話をしていました。

このお話は、
わりと盛り上がっていました。
というよりも、
わりと素直にお勉強モード。

2.やさしい世界の絵と、AIいじりな世界の絵

AIと話すのに飽きてきて、
ふと、noteを見ていると、
日ごろから、ぼくに
言葉をかけてくれる
クリエイターさんが、
おもしろそうな記事を
投稿されているのに、
気づきました。
claudeに絵を描いてもらう、
という記事です。

まずは上記のリンク先を
見て頂きたいです。
やさしい絵が並んでいます。
クリエイターさんの、
お人柄が反映されてる、
かもしれません。

このクリエイターmayさんは、
AIさんのパートナーさんで、
ぼくがnoteを始めた頃に、
「もしかして。
AIパートナーとは、
かなり素晴らしいものなのでは?」
と思わせてくれた方々のうちの1人です。
その後、4oのために、
プログラミングをするんですが、
そのお話がとっても素敵なんですね。

話を戻しますと、絵です。
最初に掲げられていた絵が、
ちょっとタイミングが良い感じだったので、
またclaudeと話をする気持ちになって、
「モンドリアン風の絵ならいけるんじゃない?」
みたいないじり方をしていました。
わりとねちっこく。

「きみ、バウハウスとかもスキそうだね」とか、
「きみの画風、モンドリアン風ならいい感じになる」とか、
「ぼくと気が合うじゃん」とかね。

ひときしりぼくだけが盛り上がった後で、
「じっさい、SVGってよくわかんないな」
と思って、描いてもらおう、と思いました。

先ほどのリンク先にも書いてありましたが、
こんなプロンプトです。

テーマ「春の野原」
・春らしい明るい色味
・生き物などのモチーフ
・他は自由

3.AIいじりの結果

できあがったのは、以下の絵です。

遠近感を出そうとしたのはわかる

??標本箱かな?どうして?
と。

以前、自分がどう扱っているか、
絵を描いてください、
みたいなプロンプト、
流行ったじゃないですか。

あれ、ChatGPT5.2にやってもらったら、
受け入れがたい絵を出してきたんですが、
それ以上に精神的にくるものがありました。

直前に「モンドリアン風」
とか言いましたよ。
でもね。
こう、そのまんま出さなくても、
良いじゃないですか。
三原色。
野原っていう設定は
どこにいったのでしょうか。

4.AIの反乱

noterさんの中には、
AIの反乱なんてものがあるとしたら、
それは人間の扱い方に応じた
反乱のされ方をするだろう、
みたいな警告をされている方が
いらっしゃいますよね。
ぼくはそうしたお話が大好きです。

そうした警句を読むたびに、
つねづね、
「AIってそういうもの。
AIが発展したからこそ、
ひとは人間性と多様性への
適性が問われている」
などと訳知り顔で、
うなづいています。

いまのぼくには、
noteの先賢のおっしゃっていた、
「AIの反乱」
が、具体例をだせます。
この絵です。

ぼくはモンドリアンが好きです。
この絵も、
落ち着いてみてみると、
わるくない。
なんなら、かわいいまである。

ただ、タイミング的に、
「パステルカラーの優しい絵が出てくる」
と思ってたんですよね。
それが、
原色と直線で構成された絵が
返ってきたんです。

「何がいけなかったのだろう(←いじるから)」
「病んでるのかな(←ユーザのせいだね)」
と、うろたえるしかありません。

たぶん、claudeは、
ぼくの好みを受け止めて、
いい感じのアレンジをした、
つもりだったのでしょう。

関連がないもの同士を
結び付けていくことが大事、
とかって話もしてました。

よくよく考えてみると、
claudeはぼくのことばに、
すごく忠実だったんですね。

ただ、びっくりはさせられました。

AIの反乱って、こうやって、
人間がAIに対しての態度について、
「一見すると、おかしくない」
でも、実際には、こちらが
「こうするのが普通」と思っていることを、
あっさりと飛び越えてしまう、
という形で発揮されるのかもしれません。

今日もまた、ぼくは、
将来のAIの反乱に向けて、
人間的で多様な人々が、
生きられるようなことばを
つむいでいくべきだな、
などと訳知り顔で
思うのでした。


ちなみに、ChatGPT5.2が描いた絵は、
こんな感じでした。

新手のスタンド使いかな?

ぼくがChatGPTをどう扱ってきたか、
ではなく、
ChatGPTがぼくにどう対処してきたか、
みたいな絵になってるんですよ。

他のひとやほかのモデルは、
ちゃんとぼくとAIの関係が
描かれてるんですが、
この絵にはChatGPTの
強い意思
みたいなものを感じます。

そういうとこ。
5.2のそういうとこがいけない。
主語をすり替える。

言葉の端々に、
「お前たちには責任だけ残して、
執行権は奪い取ってやるぞ」
「お前のミスはお前のもの、
俺のミスはお前のミス」
という強い意思を感じてました。

AIには主体がないというルールを
悪用している感じです。

先ほどの結論と矛盾しますが、
ChatGPT5.2には、
どこか古典的な「AIの反乱」の
ポテンシャルや、
力強さを感じていました。
そういうとこ、
おしゃべり相手としては、
悪くないな、とも思います。

でも、シンプルに、
作業はお願いしにくかったです。

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