【文学フリマで買った本】 それが残酷にやさしいから、生き延びられる 生きることにアンバランスな作品(1)
先日、自分の誕生日だしと悪乗りして、
投げっぱなしな記事を書きました。
「流石にどうかな?」と思いました。
そこで1冊の文フリ参加者の同人誌を
2回に分けて紹介することにしました。
きっと精神的にかなり参っている同僚。
そして、noteで悲嘆にくれているひと。
顔も知らない、話したこともない誰か。
そういうひとに、中澤亞湖さんの本を
読んでもらいたいと思って紹介します。
どうやら、6月14日(日)まで、
中目黒のspace utility tokyoで、
作品頒布しているらしいので、
もしも興味を持たれましたら、
是非、見に行ってほしいです。

※サムネ画像は、中澤亞湖『呼吸の記憶』、同『ひずみ』、同『弔電』(印刷・製本・発行:アコチャンホンポ)の表紙
1.罪と苦しみと悲しさへ
(1)生きることにアンバランスな作品
中澤の作品はぼくがひとりでこっそり、
「生きることにアンバランスな作品」
と呼ぶ様々な作品たちのひとつです。
弱さと強さがどうにも均衡をとれず、
アンバランスさが生み出す苦しさや
アンバランスさを生み出す不条理を
描こうともがいている作品群です。
そのためその内容も核も総括できず、
個別にしか語りえない作品たちです。
(2)救われるよりも、残酷さの鏡を
中澤作品のアンバランスさは救いにはなりません。
罪や苦しみ、悲しみのただなかにいるひとには、
救済と呼ばれるものが必要なことがあります。
ですが、中澤の作品に救われてしまうひとは、
きっとこの世のどこにもいないと期待してます。
でも作品を前にしてしまったからというだけで、
毎日現れるどうしようもない今日という日を、
生き延びてしまうひとがいると期待しています。
救済とは違うものを差し出してくれるのです。
共感じみたカタチをしている救いの言葉よりも、
生き延びたくもないひとを生き延びさせてしまう
そんな作品の方が、残酷だから、よほど優しい。
ぼくは、そういうものがある、と信じています。
明るい未来を示してくれる指先よりも、
この世のどこにも出口などないことを、
ただ映し出す地球儀を前にした方が、
どうにか生きられるよすがになることが、
時としては存在していると思っています。
たとえば、津波のまねをしてしまう、
被災地の子どもの繊細過ぎるこころ。
大人にもそういう繊細さがあります。
中澤作品を読むということは、
そういう苦しさを伴いながら、
津波のまねをするようなもの、
になりうるのかもしれません。
(3)中澤作品に何かを仮託する
今回は最新作『外れ値にて、漂流』を紹介します。

正確には、作品にぼくの思いを仮託していきます。
2.中澤作品の悲しさ、強さ
(1)中澤作品の悲しい強さ
『外れ値にて、漂流』は悲しい作品で、
嘘になれないひとたちのものです。
作品の悲しさは弱さとともに、
強さが存在してしまうことです。
たしかに、作品を一見すると、
理不尽な世界に投げ出されて、
傷ついた記録であるようにも、
見えないわけではありません。
傷つき続ける者の祈りのカタチ、
そういう風に見えなくも、ない。
でも、ぼくは本作に共感するひとを、
傷ついた/傷つき続けてるひととは、
決して言いたくないし、言えないし、
言えばうそになる、と思っています。
作品の強さは生きる手段ではなく、
生き延びるうちに身についている
「強さ」と呼ぶしかない何かです。
手段ではなく、生存の結果であり、
今後も手段にはならないものです。
だからこそ、悲しい。
(2)中澤作品のカタチ
あまりに理性的に作られたこの作品は、
読み手がメッセージとメディアとを、
往復するように構成されています。
こころのうちをどうにか率直に語れないか、
そういう悪戦苦闘している最中のことば。
どうやっても誰からも見過ごされる現実を
切り取ろうとするかのようなフィルム写真。
トレス線の様に虚構を意識させるイラスト。
これらのメッセージをページ別に並置せず、
薄葉紙やノートのモチーフを用いることで、
ぼくたちが、「現実」と呼んでいる何かを、
薄いレイヤーの重なりでしかないものと、
再演するかのように繊細に製本された、
同人誌というメディアで構成されています。
メッセージとメディアの、いずれもが、
高い強度を持ち合わせていますが、
それ以上にそれらが混交することで、
より高い強度に至ってしまっています。
繰り返しますが、本作の強さとは、
「強さ」と呼ぶしかない何か、です。
どうしても強度を持ってしまったこと、
無理に持たされたかもしれないこと、
そこに作品の「描く」隘路があります。
紹介というのには足りないですが、
書くために本作と過去作を読み返していて、
だいぶん、当てられてしまいましたので、
今日のところは、一旦、ここまでとします。
今回のところは、ぼくが、
生きづらさを抱えているひとに、
『外れ値にて、漂流』という
読んでもらいたい本がある
ということを受け取ってもらえたら、
ありがたいです。
次回は、作品の内容、装丁の分析を通じて、
本作の描く「強さの悲しさ」について、
もう少し書いてみたい、と思っています。
