口パクで「ママ」と呼ばれた朝
朝晩が冷え込むようになってきた最近。
隣の布団で寝ている息子が、深夜、わたしのマットレスによじ登ってくるようになった。
そしてそのまま朝まで、一つのマットレスを分かち合って寝ている。
あったかいからか、安心するからか、なんとなく面白いからか、
狭くて寝返りが打てないのはつらいけれど、ハムスターの寝床みたいでなんだか楽しくもある。
今朝は休日で、わたしはゆっくり寝ていた。
先に目覚めた息子がごそごそと身じろぎしはじめた。
そして、わたしの耳元で、唇を「マンマンマ…」と動かす気配が聞こえた。
最近、人のまねっこが少しずつできるようになってきた息子。
わたしは、ここぞとばかりに「ママ、だよー。言える?ま、ま」と唇の動きを何度も見せていた。
息子は、声は一緒に出せないものの、唇の開閉はパクパクとまねしてくれるようになっていた。
それを耳元で、まるで寝ているわたしを呼ぶみたいにやってみせてくれた。
一発で目が覚め、じんわりとうれしくなった。
わたしが寝起きのかすれ声で「おおー!そうそうママだよ、おはよう」と話しかけると、口を大きく開けて「あー」と返してくれた。
いま、息子が発することばは「あー」だけ。
「あれ見て」も、「その歌きらい、歌わないで」も、「パパとママだけでしゃべらないで」も、「プラレール脱線しちゃったよ~」も、全部「あー」。
だけど不思議と、何を伝えたいのか分かる。
人間がことばを使う前の世界ってこうだったのかもしれないな、とふと思う。
ただ気持ちを共有したいとき、見てほしいものがあるとき、危険や困っているのを知らせたいとき。
指さして、あるいは相手の顔をのぞきこんで声を出すことから始まって、でもそれだけでは到底伝わりきらなくて…そのもどかしさの先に、ことばが育っていったのかな、と思う。
息子にとって、新しく使ってみたいことばの中に「ママ」があるのなら、光栄だなあ。
かわいい声に乗せて呼んでくれる日を、わたしはいつまでも待っている。
読んでくださって、ありがとうございました。
