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DINKs決め打ちがまだムズい話

「子供を持つか持たないか」

というのは人生でもかなり大きな決断であり
全く迷いがない人もいれば
脳みそが溶けるほど悩みまくる人もいて
最近のわたしは完全に後者でした。

ポッドキャスト『となりの芝生はソーブルー』や
著書『産む気もないのに生理かよ!』などでも発信されている
月岡ツキさんのように
わたしもずっとDINKs(仮)であり、

・人生で「子供を持ちたい」と自ら強く思ったことがない
・子供を持ちたい気持ちより、子供を持つ不安やリスクが大幅に上回る
・でもまだ「子供は絶対に要りません!」と言い切れもしない

という状態で、
たまに悩んでは「やっぱり子無し人生のほうがいいな」に立ち返る
というのをここ数年ずっと繰り返していました。

しかし最近、
ハゲそうなレベルで過去イチ悩んだり
夫とも温度高めの話し合いを何度かしてみて
いよいよ(仮)がほぼ外れかけています。
が、やっぱりまだ完全には外せない。

ちなみにわたしは何かに悩むと
とりあえずネットサーチしまくって
色々な人が言っている色々なことを読みつつ
「それに対して自分はどう感じるか?」を確かめる
ということをやりがちでして。
今回もネット上に多くの方が残してくれた
様々な体験記や想いに助けられました。
たとえ解決はしなくとも、
自分と同じ悩みを持っている人がいる
と知ることだけでも
なんだかとても勇気づけられました💖

ほんとは月岡さんや『となしば』宛に
メッセージを送ろうと思って書き始めたけど
内容がまとまらなさすぎて愕然🤣
なのでひとまずわたしも
自分の現在地を整理するとともに
ネットの大海に小瓶を投げ入れてみて
もしいつか誰かに届いて
何かの助けになれたら嬉しいなぁと思い
つづってみます📝


● 子供がほしくない理由

①そもそもほしいと思ったことがない

小学生の頃から付き合いのあった友人は
幼い子供を見ると
「かわいいーーー❣️❣️❣️😍😍😍」
と駆け寄っていくタイプで
職業には保育士を選び
「自分の子供が絶対にほしい!!」
と結婚・出産していました。

それを見ていたわたしの感想はいつも、
「すげーーな!!」で🤣
(わたしは昔から動物は大好きだったので
犬猫とかを見ると駆け寄ってたけど🐕️🐈️)

そんなに子供が好きになれることも
そんなに子供がほしいと思えることも
実際に産み育てることも
わたしにはない感覚や願望だけど
そのまっすぐさはとても眩しく。

と同時に、歳を重ねるにつれ
友人のように思えない自分に
「わたしは何かおかしいのか?」
「人として、女性として、
何か大切なものが欠けているのでは?」
とだんだん不安や罪悪感めいたものを
感じるようにもなりました。

上記の友人は極端な例かもしれませんが、
「女性が子供を好きでほしがる気持ちは
母性の結果として当然持っているはずで
それがないことはつまり
母性や人間性の一部が欠落している」
というような暗黙の見解が
社会全体にあるような気がして。

人間として、特に女性として、
「子供は特に可愛いと思わないし
ほしくもない」
と表明することは
なんだかとても勇気の要ることであり
非人道的とすら捉えられてしまうのではと
居心地の悪さや恐怖めいたものも感じていた
というかまだちょっと感じているかも。

そんなわたしも大人になって
自分の姪っ子甥っ子たちが生まれると
メロメロになり😍
道行く知らない子供も可愛いと思えてきて
『人間の子供の可愛さ』
が少しは分かるようになりましたが
「わたしも自分の子供がほしい!!」
には至っておらず。

「人間の子供が可愛いという気持ちは
だいぶ分かってきたけれど
『自分自身が子供をほしいと思うか?』
はまた全く別の話」
という感覚です。

②夫との文化や価値観の違い

実は、うちの夫は外国人でして。
生まれ育った文化も全然違うし
わたしより数歳ほど年下なうえ
心配性なわたしよりポジティブな側面もあり
妊娠・出産のタイムリミットに対する
焦りや不安の度合いも違うという始末。
(仮に同じ国出身で同い年だったとしても
違いは多かれ少なかれあるだろうけど)

夫としてはやはり、子供を持つならば
自分が生まれ育ったような環境や教育を与えてあげたいらしく。
その気持ちは分かるけど、
その環境や方針で子育てするとなると
わたし自身はそれらをほぼ提供できないから
自分だけ蚊帳の外になりそうでとても嫌。。
(それらを提供できるようになるために
多大な努力をする気力もない。。)
仮に実現しても何年も先になるので
諸々のリスクが一段と高まるし…

そして、
「もし子供を持ったら」という
架空の話をしていてもこんなに合わないのに
実際にやってみたとしたら
夫との関係が悪化して壊れそう。。
という懸念も大きいです。

もちろん、
「子育てを通じて夫婦の絆が深まる」
というケースも多いとは思うのですが。
わたしたちの場合だと子供は
「鎹(かすがい)」より「楔(くさび)」
になりそうだな、という気がします😅

ちなみに親が外国籍だと
里子や養子を取るみたいな選択も
だいぶ無理ゲーぽいのですが。
可能だったとしてやはり、
「子供を持つこと」自体への
不安やリスクは変わらないわけで。
「自分で産むかどうか」
というのは、わたしたちには
あまり関係ない要素かなと思います。

③お金や時間の自由が激減しそう

夫もわたしも
「自由」は大切なキーワードの1つで。
自分たちのお金や時間を
自由に好きに使えることが
幸せで心地よい状態につながりもするので
やっぱりこの点でも、
わたしたちにとって子供を持つことは
リターンよりもリスクのほうが大きいと感じてしまいます。
(投資じゃないんだけど😂)

しかも夫はいずれ自分の両親の介護や
ケアが必要なきょうだいのために
自国に帰りたいと思っているので。
子育てと介護・ケアの大変さが
ダブルやトリプルパンチで押し寄せたとき
「詰むんじゃね…??」
という気持ちがどうしてもぬぐえません😂
実際にできる・できないということよりも
そもそもやりたいと思えない。。

④「もしも」のとき1人でやっていく自信、というか意欲がない

もし夫が病気やケガをしたり
最悪亡くなったりしたら
そしてさらに例えば
子供に何らかの障がいや持病があったときに
「わたしは1人でも、
それでも産み育てたいと思えるのか?」
と自問すると、とてもYesとは言えません。
(障がいや病気がダメなのでは全くなく、
それらを自分が支えられる気がしないし、
支えるパッションが自分に湧きそうな気がしない、ということ)

やっぱり子育てというのは
そういうリスクを引き受けてでも、
それでも産み育てたいんだ!!

という強い意志や願望がある人か
そんなリスクは考えてもしょうがないし、
きっとなんとかなるから大丈夫!!

と思える人がやればよく
それを応援できる自分や社会でありたいけど
全員に強制するのは勘弁してくれ。。。
というのが正直な気持ちです。

そしてわたしは、
自分にピッタリのパートナーには
一生出会えない可能性もあるけど
それでも探してみたいんだ!!

という意志や覚悟は持てたけど
子供に関してはそこまで熱量を持っていない
ということなのだと思います。

⑤生み育て「たい」より「べき」が強い

上記だけ見たらどう考えてもわたしの場合は
子無しのほうが幸せそうなのに
「絶対に、100%子供は要りません!!!」
と言い切れない理由の大半は、
誰よりもわたし自身の中に

・子供がいない人より、いる人のほうが偉いし、人間的に優れている
・子供がいない人生より、いる人生のほうが豊かである

という価値観、というか思い込みが
根強く存在しているのだなぁと感じます。
冷静に具体的に考えたら
全然そうとは限らない
と頭では分かるんですけどね。
子供を産み育てることはもちろん
とても尊いことだとは思うけど
必要以上に神聖化してるんだろうなぁ。
(ここも月岡さんにとても共感)

たまに想像で
夫が子供と触れ合っている様子とか
3人で手をつないで歩いている様子とか
ちょっと思い描いてみて
それもちょっといいなと思ったりするけど。
わたしのイメージに出てくるのはいつも
「健常者の乳児または幼児」で。
自分に都合のいい設定や場面で切り取って
「美味しそうなところだけつまみ食い」
みたいにしてしまう。
それ以外がほんとにリアルに想像できないし
そうじゃなかったときに
自分がどうにかできる気がしない。。

それでもわたしの中に
「子供がいる人生も楽しく充実するのでは」
という想いがゼロではないものの
わたしの場合、その想いの中身は
自分がそう「したい」よりも
そう「すべき」だと感じるほうが
ずっと強いのだなと思います。

ここは『となしば』ポッドキャストで
子持ちMCであるよしのさんとは
「感覚や考えが全然違う…!」
と強く思った部分でもあり。
やはりわたしは月岡さんのほうが
価値観や考えが近いんだろうな。

●「子供を持たない決心」をする恐怖

先日自分に婦人科系の疾患が見つかり、
治療法というか悪化防止策が
「薬で排卵を止めた(つまり妊娠できない)状態を維持すること」
だと分かり。

元々立派な高齢出産のお年頃なので
「妊活するか、症状緩和に専念するか」
つまり
「子供を持とうとするか、しないか」
という舵切りの最終決定が
いよいよ本格的に迫ってきたのですが。

そのとき、
子供を持つ選択を放棄することで
人生において大切で大きな何かを
完全に手放すことになるのでは?

という得体のしれない大きな恐怖が湧いてきました。

わたしはこれまで
「自分の人生のことは
自分で決めて選んできた」
という自負があり。
(それも実はすべて予め決まっていた流れなのでしょうが)
その時々の自分なりに
一生懸命に向き合っているので
結果がどうであろうと後悔はしていないのですが。
子供を持つ/持たないに関しては、
決めてしまうことが怖すぎてできない
という、初めての感覚がありました。

● 母への想い

わたしの両親は昔から
何かを強制するということがなく。
わたしの意志を尊重し自由にさせてくれて
やりたいことは応援してくれるタイプで。
わたしはそのことに
とても感謝しながら生きてきました。

しかし、というかだからこそ、
母に数年前
あなたにも子供を産み育てる経験をぜひしてほしい
と言われたことをふと思い出したとき。
「私はお母さんの切なる願いを
叶えられる可能性があるのに
自らそれを手放すんだ」
と思ったら、涙が止まりませんでした。

もちろん母がそう言ったのは
自分が子育てから得たものがとても大きく
人生の大きな喜びになっているからで
わたしにもその喜びを体験してほしい、
という親心でしかなく。
要はわたしが幸せであれば
子供がいようといまいと
どちらでもいいのである。
というのは、
頭ではよく分かっているのですが。

今では
「夫婦仲良く暮らしてね」
というセリフに変わっているものの
その冒頭には
(本当はできれば子供を産み育ててほしいけど)
というカッコ書きの前置きが
あるような気がしてしまい。

何も押し付けてこなかった母の
唯一とも言える望みや期待に
応える可能性や術があるにもかかわらず
それを自ら放棄するんだ
と思うと、やはり心が少し痛みます。

けどやっぱり、
母のために自分が子供を持つことはできない
というかやりたくないし
それで今より幸せになれそうな未来が
あまり思い描けない
というのが現在地です。

● 夫とのズレ

紆余曲折を経て、わたし自身の
「子供は持たずに生きていく」
という気持ちはほぼ固まってきた気がする。
けれど夫のほうが
まだ気持ちの整理がついておらず。
というかお互いの気持ちの変遷が
シンクロの真逆。
完全に反比例😂
気が合わないのか、
逆に合い過ぎてるのか?笑

実はわたしは少し前まで
「やっぱり子供産みたいかも…?」
と「わりとアリ方向🐜」フェーズでした。
それで先述の子供想像?妄想?をしたり。
不妊治療などについて改めて調べてみたり。
一方の夫は、
「少なくともすぐには要らない」
で「ほぼナシ方向🍐」でした。

でもわたしもよくよく考えたら
「夫が自分との子供を持つ決心をすること
=夫のゆるぎない愛情を確認すること」
と捉えていたからだった気がして。
「夫の自分に対するコミット具合」を
子供で測りたかった側面が強いのかなー、と。

もちろん、
夫がどうしても自分の子供を持ちたくて
相手がわたしだとそれが叶わないなら
残念だけど別々の道を行く決断も致し方なし
と思っているし、これからもそうだし、
これを夫にもシェアはしているのですが。
今のところ夫もその気はないらしい。

けれど今度は夫のほうが、
わたしが散々苦しんできた
子供を持つ選択を
完全に放棄していいのか?

という葛藤や恐怖を強く感じ始めたようで。
とはいえ夫もやっぱりそのココロは
子供を持ち「たい」ではなく持つ「べき」であり、

・人として後世に何も残さなくていいのか
・「父親である」ほうが人間的に優れていて、出世や評価にも影響するのでは
・歳を取って体を動かす趣味ができなくなってきたとき、人生がつまらなくなるのでは

といった不安や思い込みがあるようです。
聞いているほうとしては、

・人として後世に何も残さなくていいのか
→ 子供を持つ以外にも後世に何かを残す方法はたくさんあるし、個人的には「自分自身の人生を一生懸命に生きることで充分に花マル」だと思っている💮

・「父親である」ほうが人間的に優れていて、出世や評価にも影響するのでは
→ そんな人事評価をする会社だったら、むしろ辞めたほうがいいのでは?

・歳を取って体を動かす趣味ができなくなってきたとき、人生がつまらなくなるのでは
→ そうなったらそのとき楽しめる別の何かを見つければいいし、そもそも子供がいようといまいと、「自分の人生を楽しみ充実させる工夫」をする姿勢は大切だと思う。
「子供がいたら必ず自分の人生のやりがいになるはず」と、子供に自分の生きがいのすべてを置こうとするのは危険では?

などなど反論が色々と浮かぶのですが。
やっぱり頭で理解できることと
自分の素直な気持ちはまた別のものだし
男性であり男性として生きてきた夫の
悩みや不安や恐れは
女性であり女性として生きてきたわたしには
完全には理解しえないものでもあり。

また先述のとおり、
わたしよりもさらに若い夫が
子供を持つポテンシャルも充分ある現時点で
その可能性を自分の意志で完全に断ち切る
というのは重圧だし
「そりゃ怖いよねー」
というのも共感はできる。
(そして改めて、
今の夫よりもさらに若い時点で
こうしたことを考えまとめて
本まで出版された月岡さんは
本当にすごいと思います…!)

せっかちなわたしは
「早く方向性を決め打ちしたい!!」
と思ってしまうけど。
この件に関しては
焦らずじっくり待つほうが
結果的にいいんだろうな、と思って
夫や自分の煮え切らない気持ちと
辛抱強く付き合っていこうか、
と思い始めているところです。

● 一旦9割強は決意した、けど

ということで、
一旦わたし自身は
少なくとも現時点での方向性を
9割強は決意したところですが。
とはいえやはり、
子供がいる人生も楽しく充実するかも🦆
という可能性は
未知数だし大きすぎて。

また、妊娠・出産のタイムリミット後に
「やっぱり産んでおけばよかった」
と後悔した人の体験談も
いくつも読んだことがあり。

夫が心配しているように、
今よりもっと年月が経ったときに
人生の楽しみや生きがいを見出せなくなって
子無しの選択を後悔するかもしれない🦆

さらにわたしは
飯田史彦さんの『生きがいの創造』や
小林正観さんの『人に優しく、自分に甘く』にあるような
人はどんな自分や環境や人生にするかを
自ら選んで生まれてきている

という説を信じているので、
月岡さんがおっしゃっているような
「自分のエゴで子供を世に生み出す罪悪感」
みたいなものは全然なく。

仮に授かったとしたら
子供も自分もそれを決めてきたのだな
と思います。

なので、
今のところ可能性は限りなく低いけど
もし何かの拍子に
気持ちや考えや状況が変わったりして
子供を産んだり育てたりすることになったら
それでも幸せに生きていく道を模索したい
という数%の想いもありつつ。

子供がほしくてもほしくなくても
結婚したくてもしたくなくても
山登りでも川下りでも
それぞれが好きで心地よいライフスタイルで
楽しく幸せに生きられる
そんな自分や社会であれたら嬉しいな🌼

と思ったことや気づきを全部詰め込んだら
文章がすげーーー長くなっちゃった!🤣
こりゃやっぱりお便りサイズにはできなかったな…笑
けど月岡さんや『となしば』へのお便りと
先にネットの大海に小瓶を投げ入れてくれた皆さまと
これからこの悩みにぶち当たるかもしれない皆さまへの
感謝とエールに代えて📣✨

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