木綿着物が歩きにくかった理由は、着物以外が原因だった
■木綿着物は拘束着
以前、意気揚々と仕立てた木綿の着物。普段着としてガシガシ着るつもりだったのに、結局は数回袖を通しただけで手放してしまいました。
理由は、おしゃれ云々以前の「足さばきの悪さ」。 歩くたびに、裾が足回りにまとわりついて、一歩ごとに布が絡まるみたい。大げさに言うと、木綿着物はさながら拘束着でした。歩くのにも普段より力が必要でくたびれる。
結局、着るのが億劫になり、テイストが合わなかったことも合わせて、フリマアプリで手放しました。わざわざ仕立てたのに手放す、なんとも言えない敗北感は、今も胸の片隅に残っています。
が、あれって木綿が悪かったんじゃなくて、私の着付けのせいだったのでは…と今さらモヤモヤが浮かんできました。
■脚にまとわりつく理由
普段着着物を強く意識するようになって、カジュアル着物で乗り越えなくてはならない問題がいくつか見えてきました。
その中で、着心地と可動性に影響するのが、静電気と摩擦です。
まず、冬場は深刻な問題となる静電気。ウール着物が活躍する冬に、機能性の化繊インナーを着用していると、裾が発電機さながらの帯電状態となり、布が脚にまとわりついて離れなくなります。
静電気の季節でなくとも、綿同士など、滑りの悪い生地をあわせると、当たり前に「滑らない」のでガチッと噛み合ってしまい、ただ歩くのにもやたら力が必要に…。
そう、私が「木綿は歩きにくい」と感じたのは、着物そのものが原因ではなく、中身や着付けとの相性の悪さだったのでは。ようやくそこに気づいたのです。
■省略して良い物と悪い物があった
普段着着物は礼装着物とは着方が違う。できるだけラクに、簡単に、手間を省いた着方が正義、と思ってきました。
ゆえに、私は紐も少なく、道具も少なくを目指して、着物を着用していたため、普段は伊達締めは紐のかけ方で工夫してスキップ、裾除けもステテコで代用。それでわりと問題なく過ごせていました。
が、さらなるラクを求めていた冬のある日のこと。ウール着物を着たいが、中は襦袢ではなくシャツが良いし、足回りは寒いからヒートテックを重ねたい。でも絶対静電気地獄になる…と思った時に、ふと「和装スリップをシャツの上から着たら、脚にウールが絡まずラクちんでは?」と考えました。そして実践してみたところ、びっくりするくらい歩きやすかったのです。
なるほど、思った通り。いや、あれ、これってつまり「裾除け」では?
和装スリップの裾はキュプラでした。「キュプラ(ベンベルグ)」という素材、よく「高い裏地」として名前を聞きます。調べたところ、 吸湿性が高く、静電気を逃がし、滑りが良いということ。なるほど、これを一枚挟むだけで、あの地獄のような足さばきが劇的に改善するのも納得です。
静電気が起きてしかるべしの素材の間に、キュプラの布を一枚挟むことで、足さばきは快適になった。これってつまり、裾除けの機能。
そう、裾除けは摩擦の大きい、重ね着をする普段着着物にこそ、省いてはいけないパーツだったのです…。
■必要だから「残っている」道具を利用していこう
先程の裾除け同様に、伊達締めの「必要性」も理解してしまいました。
滑りやすい生地の着物を着た時に、ずるずると流れようとする衿。普段着でも意地を張らず、ふと気が向いて、すずろベルトを締めた日がありました。帰宅時にはある程度ゆるゆるになっている衿が、びっくりするくらい崩れていない。えっ…あっ、これって「伊達締め」の機能だ……
なるほど、皆が使っている道具は、必要であり、便利だから皆使っているんだな。当たり前すぎることにようやく気付いた次第です。
今も、静電気の起きない重ね方であれば不要かなぁとも思いますし、伊達締めも普通の着付けならなくて良い気がしています。できるだけシンプルに付き合っていきたい「着物生活」、使う道具も減らしたいのが本音です。
が、必要な時に必要な物はもっとちゃんと使う方が賢い。それも本当。基本中の基本の中に登場する道具たちはすべて長い時間を経ても「必要」とされてきた物たち。時に省き、時に協力を求めながら、私も彼らと長く上手に付き合っていくべきなんだと、本当に今さら気付きました。でも遅くても気付けて良かった。
今までタンスの奥底に突っ込んでいてごめんね、裾除けと伊達締め。これからは時々どうぞよろしく。
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