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ゴッホ展に行ってきた

ダイヤモンドアートで「星月夜」「ローヌ川の星月夜」を作成した割に、ゴッホのことをちゃんと知らないな…。ということで、11月下旬の三連休最終日、上野の東京都美術館で開催されているゴッホ展に行ってきました。

ファン・ゴッホ家のコレクションに焦点を当てた日本初の展覧会ということで「家族がつないだ画家の夢」という副題がついています。


フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の作品は、今日までどのように伝えられてきたのでしょうか。本展は、ファン・ゴッホ家が受け継いできたファミリー・コレクションに焦点を当てます。
フィンセントの画業を支え、その大部分の作品を保管していた弟テオ。テオの死後、その妻ヨーは膨大なコレクションを管理し、義兄の作品を世に出すことに人生を捧げます。テオとヨーの息子フィンセント・ウィレムは、コレクションを散逸させないためにフィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立し、美術館の開館に尽力します。人びとの心を癒す絵画に憧れ、100年後の人びとにも自らの絵が見られることを期待した画家の夢も、数々の作品とともにこうして今日まで引き継がれてきました。 本展をとおして、家族の受け継いできた画家の作品と夢を、さらに後世へと伝えてゆきます。(ゴッホ展公式サイトより引用)


ゴッホは37歳で亡くなりましたが、作品の価値が評価されたのは死後だというのは有名な話です。ただ、死後の家族の奮闘は、今回のゴッホ展で初めて知りました。

ゴッホ展に行って感じたことや、楽しいお土産なんかも振り返ってみます。

ゴッホと家族の振り返り

この展示のテーマである、家族について振り返ろうと思います。

フィンセント・ ファン・ ゴッホ
(1853–1890)

フィンセント・ ファン・ ゴッホ
(ゴッホ展公式サイトより)

オランダで牧師の家に生まれた。
多くの文学や芸術に触れて育つ。
伯父のつてで画商に見習いとして勤め始めるが、のちに成績不振で解雇された。その後聖職者を志すが挫折。弟の勧めもあり、画家を目指すことを決意した。

ポスト印象派を代表する画家。
テオに看取られ37歳で死去。生涯独身であった。

テオドルス・ ファン・ ゴッホ
(愛称テオ、1857–1891)

テオドルス・ ファン・ ゴッホ
(ゴッホ展公式サイトより)

フィンセントの弟。
画家になると決意した兄を経済的・精神的に支え続けた。
伯父の紹介により美術商として働く。
兄の死後、作品の大半を受け継ぐ。
回顧展の開催に奔走するも、しだいに体調が悪化し、兄の死から半年後に死去。

ヨハンナ・ ファン・ゴッホ=ボンゲル
(愛称ヨー、1862–1925)

ヨハンナ・ ファン・ゴッホ=ボンゲル
(ゴッホ展公式サイトより)

フィンセントの義妹。テオの妻。
テオの死後、フィンセントとテオのコレクションはヨーと息子エンジニアが相続。このとき1歳に満たなかった息子が21歳になるまで、彼の相続分も管理していた。

展覧会への貸出に加え、定期的に作品を売却したが、親子の生計のためだけでなく、フィンセントの評価の確立を目的としたものでもあった。
死去する前年には、ロンドンのナショナル・ギャラリーのために、戦略的に《ひまわり》を手放し、フィンセントの名声を確固たるものとした。

ひまわり
(Wikipediaより)

フィンセント・ウィレム・ ファン・ゴッホ
(愛称エンジニア、1890–1978)

フィンセント・ウィレム・ ファン・ゴッホ
(ゴッホ展公式サイトより)

フィンセントの甥。
テオの死後、フィンセントとテオのコレクションはヨーと息子エンジニアが相続。
フィンセントは彼の誕生を祝って《花咲くアーモンドの木の枝》を描いて贈った。

花咲くアーモンドの木の枝
(Wikipediaより)

エンジニアの職に就く。
ファン・ゴッホ家のコレクションに深く関わるようになるのは1945年以降。
ヨーの死後数年経つと作品販売を止め、一家のコレクションが散逸せず保持されるよう尽力した。

1960年にフィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立し、1962年にコレクションの大部分の所有権を財団に移譲した。財団は、美術館に膨大なコレクションを永久貸与することを約束し、アムステルダム市から土地の提供を受け、オランダ政府が美術館を建設。1973年に国立フィンセント・ファン・ゴッホ美術館(現ファン・ゴッホ美術館)を開館させた。

展示で印象に残っていること

展示を見て、個人的に印象に残ったことや、調べてみたことをいくつか挙げてみます。

①日本の浮世絵が与えた影響(ジャポニズム)
フィンセントとテオは美術作品を収集していました。フィンセントは自らの作品と交換で手に入れた作品も多くありました。

その中には日本の浮世絵も多数展示されていました。「私も数本の線で人物を描けるようになりたい」とフィンセントは手紙に綴っていたようです。

ジャポネスリー・梅の開花
(Wikipediaより/歌川広重の名所江戸百景 亀戸梅屋舗の模写作品)

フィンセントが模写した作品も展示してありました。文字も見よう見まねで記してあります。浮世絵独特の現実とは異なった大胆な色使いや、その構図などもフィンセントの画風に影響を与えたそう。こんな世界的有名画家に影響を与えたジャポニズムブーム…凄い。そしてフィンセントが南フランスのアルルに移ったのも日本の影響があるんですね。


この地方は大気の透明さと明るい色の効果のため日本みたいに美しい。水が美しいエメラルドと豊かな青の色の広がりを生み出し、まるで日本版画に見る風景のようだ。(ベルナール宛の手紙)


耕された畑「畝」(ゴッホ展公式サイトより)

この作品では、めぐりゆく季節と、それとともに繰り返される農作業の様子が描かれています。奥に小さく農作業をしている人が描かれていますが、メインは「畝」。ハッキリとした配色に、浮世絵を感じるような。実物は畝の厚塗りがしっかりと確認できました。

②農民を好んで描いていた
私がダイヤモンドアートで作った作品も「星月夜」だし、「ひまわり」が有名なので知らなかったのですが、フィンセントは農民やその生活を描くことを好んでいたらしいです。

かつて牧歌的な環境であったオランダの風景が工業化によって侵食され、職業を変える機会の少ないワーキングプアの生活が変化していることを目の当たりにしていたそう。

そのためオランダやベルギーの農民、織工、漁師など、働く男女の人物像を描くことに特に関心を寄せていたようで、自分がこの人たちの絵を描くことで、この人たちの存在を認知してくれる人が増えることを願っていました。

ジャガイモを食べる人々(Wikipediaより)

「ジャガイモを食べる人々」は初期の作品です。フィンセントは、ジャガイモを食べる人々がその手で土を掘ったということが伝わるように努めたそうです。

暗いタッチはテオに直すように言われたそうですが、その暗さ(表情も)が貧しさや苦労を強調しているような気がして、会場で観た絵画の中でも強く印象に残っています。

③テオとヨーの会計簿と評価確立への戦略

会計簿(ゴッホ展公式サイトより)

これは元は夫婦の家計簿で、新婚のテオとヨーが使い始めたもの。日々の支出に加え、テオからフィンセントへの毎月の送金額や画材の購入についても記録されています。この会計簿を観た瞬間、ヨーの几帳面さ・聡明な人柄を感じました。

ヨーが定期的に作品を売却したのは、生計を立てるためでもありましたが、フィンセントの評価を確立するという目的のためでもありました。この家計簿には、どの作品をいつ、誰に売ったかも記載されています。市場に作品が出回りすぎないよう、計画的に立ち回っていたようです。

ヨーの戦略的な売却や展覧会への貸出によって、フィンセントの人気は徐々に高まっていきました。そして、有名な「ひまわり」は家族が大切にしてきたコレクションでしたが、時期を見てロンドン・ナショナル・ギャラリーに売却。

ひまわり(Wikipediaより)

「フィンセントの栄光のための犠牲」として、売却することに決めたようです。そしてフィンセントの名声は確かなものとなりました。

…すごすぎませんか。ヨーからみたらフィンセントは義理の兄。旦那が評価していたとはいえ、私だったらこんなに上手く、人生を賭けて立ち回れるとは思えません。

お土産いろいろ

ゴッホ展は入場予約必須で時間も指定されていたのですが、私が入場したのは16時〜17時、最後の回。ヨーの会計簿を見ているあたりで閉館まで残り30分とのアナウンス。素敵なお土産を見るために、最後の方は展示をしっかり見れず…それだけが心残り。

ですが、その分狙っていたお土産はちゃんと購入することができました。

購入したお土産たち+パンフレット

私が購入したのは絵画(オリーブ園)ミニフレーム、ひまわり缶、花咲くアーモンドの木の枝缶、はじめてのゴッホ冊子。

ひまわり缶は全面ひまわりで可愛い
中身もひまわり柄のお菓子
こちらの缶はマグネットで中央が取り外せます
中身は普通のキャンディでした
オリーブ園のミニフレーム
貼り付ける台座が付属しているので立てて飾れます
中身はまさにあの図鑑!
めちゃくちゃ面白かったです

時間に余裕が無かったので、絶対に欲しかった図鑑と缶2つは速攻でゲットしました。グッズがめちゃくちゃ沢山あったので、もっとゆっくり見たかった…!けど、ゆっくり見たらもっと散財していたと思う。ので良しとする。


美術系の展示会は久々でした。なんとなくしか知らなかったゴッホ、そしてその家族の存在を知ることが出来て嬉しいです。

来年はモネ展やオルセー美術館展が開催されるようで、そちらも気になります。忘れないように、来年のスケジュール帳に記入しておきました。

以上です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

そういえばこの前大人の塗り絵でひまわり塗ってた
(特に意味は無い)

🔗参考にさせていただいた記事

https://www.artpedia.asia/peasant-character-studies/

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