【エッセイ】物事の本質を知ることが大切です。
これは、カーリング女子の吉田知那美さんの言葉です。
「私たちは勝つことを目標に設定しているチームではない。
勝つことをゴールにすると終わりが来る。
成長を目標にしているチームだから、成長し続けられる。」
スポーツ選手のインタビューで、とても印象に残っている言葉があります。
カーリングの選手がこう語っていました。
「私たちはメダルを取ることが目的ではなく、カーリングという競技を通して人間として成長するためにやっているのです」と。
この言葉を聞いたとき、私は強く共感しました。
なぜなら、私自身もずっと同じ考えを持って生きてきたからです。
以前、再就職の面接で介護の仕事を希望したときのことです。
面接官から「なぜこの仕事を選んだのですか」と聞かれました。
私はこう答えました。
「介護を通して、人間として成長するためです」と。
今思えば、少し変わった答えだったかもしれません。
多くの人は「生活のため」「安定のため」と答えるでしょう。
しかし私にとっては、仕事とは単なる収入の手段ではありません。
どんな仕事であっても、その経験を通して自分自身が成長する。
それが一番大切なことだと思っているのです。
だからこそ、あの選手の言葉はとても自然に感じられました。
おそらく彼女にとっても、特別な言葉ではなく、ごく当たり前の感覚だったのではないでしょうか。
結果よりも成長を大切にする。
そういう考え方を持つ人がいることに、私は静かな感動を覚えました。
ここから下の文章は私の考えです。
生成AIに読みやすくしてもらいました。
また、こんな考えもあります。
これは物事の本質に気付く前に通る道のような考えです。
以前にも書いたことがありますが、私が若いころ、ふとした瞬間に「真実のようなもの」が見えた経験があります。
学校の帰り道を歩いていたときのことです。
なぜか不意に、道路脇のガードレールに目が留まりました。
ガードレールは、車が道路からはみ出さないように設置されています。
続いて電柱にも目が向きました。電柱は電線を支えるためにあります。
ブロック塀や道路標識も同じです。街の中にあるさまざまな物は、すべて何らかの目的を持って存在しています。
そこで私は、「その目的とは何なのだろう」と考えました。
しばらく歩きながら思い巡らせているうちに、ある答えが浮かびました。
それらはすべて、人間がより安全に、より便利に、そしてより幸せに生きるために作られているのではないか、ということです。
人間の安全のため。
人間の便利のため。
そう考えた瞬間、私は深い感動を覚えました。
人工物というものは、人間のために作られたものです。
そこには必ず、「こうすれば安全になる」「こうすれば便利になる」という人の思いが込められています。
言い換えれば、街に存在する多くのものは、人の幸せを願う気持ちから生まれたものだと言えるでしょう。
ガードレールも、電柱も、道路標識も、
よく見つめてみれば、そこには人間の優しさや配慮が形となって表れているのです。
あの日、帰り道でふと感じたこの思いは、今でも私の中に残っています。
街の風景の中にある人工物は、決して無機質な存在ではなく、人の幸せを願う気持ちが積み重なってできたものなのだと、私は今でも感じています。
